2008年7月14日月曜日

あの場所から

業界の後輩ふたりにつきあってもらって久しぶりに焼肉を食った。
ひとりは『涙をこえて』を書いたばかりの頃、僕を訪ねてきてくれた学生。今は放送作家兼業で制作会社社長をしている。
シング・アウトのメンバーと同級生だった関係で、僕にとってはこの業界で最初で最後の弟子的立場に収まってしまった(とは言っても別に師弟関係は築いていないのだが)。
もうひとりはテレビを始めてからの後輩。今はTVKでディレクターをしている。今日は奥さん同伴で来てくれて、食事のあと、蒲田のカラオケ屋で3時間くらい歌った。

まあ、一曲目は声馴らしで小林旭の『ダイナマイトが150屯』。あとは三橋美智也の『俺ら炭坑夫』『母恋吹雪』山田真二『哀愁の街に霧が降る』飯田久彦『小さな悪魔』森山加代子『月影のナポリ』飯田久彦『悲しき街角』パット・ブーン『砂に書いたラブレター』美空ひばり『素敵なランデブー』と誰も褒めてくれない50~60年代中心の選曲。

制作会社社長も小林旭の、僕の知らない、というより一度も聴いた覚えのない歌に始まって、知っているけど僕は歌えない70年代フォーク歌謡とマニアックな歌謡曲のオンパレード。
作詞が阿久悠さん、なかにし礼さん、山上路夫さんと大御所ばかりの良く出来た歌謡曲が続いて、そう言えば、高校時代、フォークソングを歌っていたとか言ってたなぁ、などと思いながら上手さに驚いて聞き入った。

ディレクター君はかぐや姫、アリスなどのフォーク、奥さんは松田聖子ちゃんを初め、80年代POPSが多く、みんなの〆は意図しなかったのに尾崎紀世彦さんの『また逢う日まで』。
時間が来ちゃったのでこれがラストソングだったんだけど、なんか良かったかも。

ちなみにトピックスは『涙をこえて』が「ヤング101」でなく、「シング・アウト」だったことと、な、なんと竜鉄也『せせらぎの宿』もあったことだね。
僕は初めて自作の演歌を歌ったんだが、これは気持ち良く歌えた。
割合、面白い作品のひとつかもしれないと思った。←勿論、単なる自画自讃。

という訳で64歳には特別な感慨はないけど、とりあえず誕生日は終わった。
なんとか頑張ってもう一年、生き抜いてみようと思っている。
お祝い書き込み、お祝いメール、そしてお祝いカードを下すった皆さんに感謝。
そして、今日つきあってくれたO君とY君夫妻に心から「ありがとう」。

2008年7月9日水曜日

篠の葉さらさら

原作になっている漫画がお気に入りだったので七夕スタートの新ドラマ『あんどーなつ』を見た。

貫地谷しほりさんという若手女優が一途さを感じさせる素晴らしいキャラクターで期待を裏切らない出来だった。
國村隼さん演じる梅さんも予想外の良さ。
というのも僕はこの人のマイクがあるはずなのに時々聞こえない台詞遣いがダメで長いことこの人の出演作は敬遠していた。
今度の作品は貫地谷さんの奈津と國村さんの梅さんがガップリ四つに組む構成なので、見ざるを得なかった訳だが、竹さんの尾美としのりさんともども、とても良いキャスティングだった。
風吹ジュンさんも適役でなんだか好きになれそうなドラマだ。

ところで、きっと見た人すべてが気づいていると思うけど、ファースト・シーンの主人公の面接シーン、人事課さんはここ数日、産地偽装でニュースを賑わせている中谷彰宏さんではあるまいか?
俳優が本職ではないと思ったが、なにゆえのキャスティングだったのだろう?
気になって気になって仕方なかった。

七夕の短冊。
「千代の山にあわせて下さい」と書いた昔を思い出しました。

2008年7月1日火曜日

イエスタデイ~ダイナマイトが150屯


昨日、初めて地下鉄副都心線に乗った。
偶然である。
トンカツを喰いたいという母に連れられて実家近くのメシ屋で昼飯を食べたあと、帰るきっかけを失って、「オレ、そろそろ帰るわ」と母に告げたのが午後1時50分。
85歳になった母のもの凄く乱暴な(良く言えば威勢のイイ)運転で最寄り駅に着いたのが2時。
バックパックとゴロゴロ・カートを両肩に担いで結構段数のある階段を駆け上り、切符を買い、エレベーターで急降下。
既に到着していた2時03分発の急行に飛び乗ったら、ニトロが欲しいほどの息切れだった。
危ねェ危ねェ!

ブレイク・ルイスを聴いていたらいつの間にか居眠りしていたようで、目を開けると、ホームを挟んで「渋谷」行きの表示のある電車が見えた。
駅名を確かめると「和光市」。
あれが噂の副都心線か。などと思っている間に好奇心の強い僕はもうその電車に乗っていた。
ほぼ3時。車内はガラガラで何週間か前、開通日のニュースで見た混雑はどこにもなく、なんと30分後には終着駅「渋谷」にいた。


出口階行きエレベーターに乗った途端、さっきホームの警備をしていた男性がスルリと乗り込み、僕の全身を一瞥した。
洞爺湖サミットのための都内緊急警戒中らしい。
ふーむ。
僕はなんだか気分が良くなった。
つまり、僕ってちょっと危ない人間に見えたんでしょう?
荷物をふたつ持った姿が非日常的なので警戒されるのは当然だけど、どう見たって60歳過ぎのジジイぢゃん。
体力的に見たって、何もデキゃせんでしょう。僕一人に貼りついている間に過激派の2~3人が階段駆け上っているかもヨ。

とは言いながら僕らの仕事なんて誰にも警戒されないその辺のジジイに見えたら人生終わりだよ。
危なく見えた分だけマシってもんサ。

超過料金140円。
池袋までの切符700円を持っていたので、僕ン家駅から渋谷までは840円。
小林旭を口ずさみながらちょっとゴキゲンで東横線~多摩川線で我が家駅を目指した。

矢口渡駅を意図的に乗り越して終点蒲田駅にあるTSUTAYAに行き、『迷子の警察音楽隊』、ジョニー・デップのテレビでの出世作『21 ジャンプ・ストリート上下巻』などを借りて、タクシーで帰還。

そういえば42年前の明日は武道館でビートルズを見たのよね。
アリーナの壁は蟻の這い出る隙間もないほど警備員がビッチリと立ち並び、思えば彼らが特等席。
むつらぼしさんご推察のように観客席は二階だけ。僕の席はビートルズを右斜め後方から見る形だった。
4人は一度だけ、全方位に手を挙げ、観客に挨拶したが、多分僕の席からはポールの姿が見えなかった。
見えても見えなくてもどっちみち見えなかったと思う。
僕の前の一列は全員女の子で、最初から最後まで立ち上がってポールの名を呼び、ハンカチを振り、泣き叫ぶ集団だったんだもの。
僕の頭越しに警備員が「座りなさい、君たち、座りなさいッ」と叫んで彼女らの肩や頭を押し下げ、隣の老夫婦は「こんなのどこがいいんだ」「バッカじゃないの」「くだらない」「なんだコレは」とコンサートの間中、ビートルズと観客を罵り続けた。
僕はなんだかウキウキ気分を削がれてしまい、乗り切れないまま「今日のテレビ放映には間に合わないよなあ」と詮無いことを考え続けていた。

それでもあの場にいただけマシ、というビートルズ体験。
少なくともあの場に居た若者たちは今も、演歌好き、『水戸黄門』好きだけのジジババにならずにすんでるかもネ。

♪ダイナマイトがヨーホホホー! ダイナマイトがヒャクゴジットン!