2012年11月27日火曜日

白い雲のように 猿岩石

今日は朝から病院。
8:05分についたらすでに先客8人。
順番は割合早く回ってきたんだけど、診察台の上でかなり待たされていつの間にか眠ってた。
相変わらず注射は痛い。
9:38分に会計が済み、外に出ると風が強く、やたら冷たい空気。
思わず服の襟を立てた。
農協で昼飯を買い、家で夕べの録画番組を見ていると昨日の夜、Amazonに注文した『有吉くんグッズ』数種が届いた。
本当は昔、『進め!電波少年』で、有吉くんがまだ漫才コンビ「猿岩石」だった頃やらされた「ユーラシア大陸横断」のDVDでもないかと思ってネットをさまよっていたのだが、見つからなくて、ついこれらを買ってしまったのだ。
「ユーラシア大陸横断」。第1回目、つまり彼らがだまされて大陸に連れ出された回がどうしても見たかったんだよねー。
第2回目からは欠かさずに見たんだけど、あの彼らが帰国後大フィーバーを巻き起こしたものの、その後急速に人気失墜、けれど長い年月を経て再ブレイク(有吉くんのみだが)、と来ればどうしても肩入れしてしまう。
で、目下、有吉弘行くんの追っかけをしている。
勿論、TV上でのことだが、レギュラー16本とかいうのを全部見てみたいと思ったのだ。

彼のレギュラー番組は現在

①アイドル☆リーグ!(日本テレビ・NOTTV)MC

②有吉AKB共和国(TBS)MC

③ヒルナンデス!(日本テレビ/金曜)

④マツコ&有吉の怒り新党(テレビ朝日)MC

⑤スター☆ドラフト会議(日本テレビ)

⑥ロンドンハーツ(テレビ朝日)
⑦もてもてナインティナイン(TBS)

⑧くりぃむクイズ ミラクル9(テレビ朝日)

⑨オトナへのトビラTV(NHK Eテレ)MC

⑩ぶらぶらサタデー「有吉くんの正直さんぽ」(フジテレビ)

⑪ネプ&イモトの世界番付(日本テレビ)

⑫有吉反省会(日本テレビ)MC

⑬ウーマン・オン・ザ・プラネット(日本テレビ)MC

⑭有吉ジャポン(TBS)MC

⑮クイズ80(日本テレビ)MC

⑯KAT-TUNの世界一ダメな夜!  (TBS) MC

準レギュラー番組に

⑰ダチョ・リブレ「ばっかス」(テレ朝チャンネル)

⑱アッコにおまかせ!(TBS)

があるんだと…。

全く知らなかったのが
★NTV『アイドル☆リーグ!』★NHK『オトナへのトビラTV』★TBS『KAT-TUNの世界一ダメな夜!』
★テレ朝ch『ダチョ・リブレ「ばっかス」』★NTV『有吉反省会』
の5本。
★『有吉AKB共和国』
は二度観た程度。ふーん、こういう物か…。
ほぼ欠かさず見ていたのが
★『ヒルナンデス!』★『マツコ&有吉の怒り新党』★『スター☆ドラフト会議』
★『ロンドンハーツ』★『もてもてナインティナイン』★『くりぃむクイズ ミラクル9』
★『ぶらぶらサタデー「有吉くんの正直さんぽ」』★『ネプ&イモトの世界番付』
★『ウーマン・オン・ザ・プラネット』★『有吉ジャポン』★『クイズ80』
★『アッコにおまかせ!』
で、テレ朝系での彼は魅力全開。
彼を多用し始めた頃からテレ朝の視聴率が上位安定し始めたのは偶然ではないような気もする。
局自体が鉱脈の見つけ方を知ったのか…。
以前から面白がってた『怒り新党』でのマツコ、夏目、『ロンドンハーツ』での田村淳からアンガールズ田中までケミカル反応を起こせる相手がいると、どんどんイジリが冴え出すのが特徴で、、『クイズミラクル9』の思いの外の物知りぶりも面白い。この頃、正解率が低くなっているのは忙しさと無縁ではないかも、と少し心配。
CX『正直さんぽ』では生野 陽子アナと意外な化学反応。庄野さんは他の番組では可愛いだけでほとんど仕事をしていない感じがするが、ここでは仕事し無さを有吉くんにケナされたり、いじられたり、存在感がある。庄野さん自身もそれを楽しんでいる風があって、ドジが逆に好印象に転じている。有吉くんはゲストとのぶらぶら歩きにも心地好い距離を保つこ成功している。
メインMCをつとめる『有吉ジャポン』は番組自体の作りが粗く、『ウーマン・オン・ザ・プラネット』では素人に悪口を言いたがらない彼の人の良さがネックになって魅力が出切っていないが、『クイズ80』は誰にもあわせられるベッキーと意外に人見知りな感じの彼との歩調がやっと合ってきた。レギュラーのKAT-TUNメンバーのイジリにも徐々に調子が出てきている。
その他の番組では、ある時期の風見しんご、関根勤さんらと同様、置いておくと得なタレントとしての役割が大きく、その日の調子で波はあるがおおむね獲れ高は上々。
どの番組でもこの人の批評眼は一般人のそれを大きく超えてしまわないので「うん、なるほど」「良いとこに目をつけるね」と共感を得られるところに特徴がある。
世間がその物や人に抱いてる印象や疑問を彼が代わりにツツいてる、という立ち位置を見誤らない限りは、急な人気凋落はないと思う。
勿論、芸人いじりでは舌鋒鋭く斬って捨てたりもするのだが、彼にサワられて上手く絡めれば得をするケースが多く、いじられない新顔は雛壇に座ったまま見せ場なく時間を終えてしまうことも少なくない。メインMCでは出来ない別のイジリを期待して彼を雛壇レギュラーに据えている番組も多い。
彼の懐に上手く飛び込んでいって急に目立ち始めた人に「平成ノブシコブシ」の吉村くんがいて、すでに勢いはあったんだけど、その開花のチャンスは有吉くんとの絡みだったような…。
ま、僕は歳が歳なので「くん」呼ばわりなんかしちゃうけど、有吉さん(やっぱりちょっとワザとらしくなっちゃう)は常識を心得ているのであまり上から目線を多用しないのもエライよね。
一般人には「芸人風情が勝手なことを言いやがって」と反感をかわないし、あれだけ過酷な旅をしてしまうと芸人仲間からも「運だけで売れやがって」「ただのまぐれじゃねえか」と言われにくいイイ位置につけている。「まぐれ」を呼び込めるかどうかは運不運入り交じる芸能界では才能の一つでもあるからな。
この人の常に一歩後ろから冷静に自分を見ている感じは雌伏期間に身につけた技術かも知れない。
なんだかベタボメすぎるけど旬の人にはあまりケチ付けるところがないもので、この嵐が収まった頃、どういう位置にいるのかはとても興味がある。
しばらくはこの人にTVを愉しませて貰おうと思う。




2012年5月2日水曜日

また会おうね

松村君を見舞って4日が経った。
松村君は社会的な地位のある人なので「君」は失礼かとも思うのだけど、彼が高校生の頃からの知り合いなので「さん」付けの方が妙な気もする。「さん」と呼んだ途端に生まれる距離がここでは似合わなそうなので彼の地位には斟酌しないで「君」と呼ぶのを許していただく。

彼の緊急事態はまず松村君のブログを読んだ阿鬼羅君からのメールで知った。
その後の事態の進展については手術前の彼のブログとそれを知ってすぐに見舞ったさとなおさんからのメールとで把握することになった。
二人の言葉から解ったことは松村君が二者択一を迫られているという冷厳たる事実だった。

「ことば」か「いのち」か。

お医者さんであり、同時に表現者でもある松村君は、何を優先すべきか、を即座に考えた。
どちらを優先した時、一方では何が失われるのか。
彼は四手、五手先までをも冷静に読み切ったのだと思う。
決断は重いものだったが、彼の望んだ手術は完璧に行われたようだ。
症状に気づいてから緊急手術までのわずかな日時の中で、患者にしかなれない僕に簡単にできる選択かどうかは解らない。
だから第一声「ビール飲みたい」の報にどう接すべきかしばらくは解らなかった。

これは松村君の顔を見るしかあるまい。

「松村クン」「だれ~?」「かぜ耕士だよ」「エーッ、かぜさん?」
六人部屋の奥のベッドで声がして、ザリッとカーテンが開くと松村君は見慣れた笑顔で握手してきた。
握ったその手の力が手術からわずか四日の病人のものとは思えなかった。

30分くらい話せたろうか。

人間の一生って結構バランスが取れているのかも知れませんね。
特に幸福のバランス。
僕、今までとても恵まれていましたモン。幸せでしたモン。
こういうことになって、不思議なことだけど、僕はいかに幸せ者だったかを再認識しましたよ。
多分、人生のプラス・マイナスは程良いバランスになるように決まってるんじゃないですかねぇ。
そうそう、僕らの『CALIFORNIA DREAMING』って曲、初めて一緒に作り上げた曲なんですよ。それまでは僕が詩を書いて丈二に曲つけて貰う形でした。
出来上がった時、嬉しかったなぁ。

僕は向島体験と『たむたむたいむ』を秤に掛けることがいまだに出来ずにいるんだけどアレがあってのコレなのか、と思わぬでもない。
死期を視野に入れての人生設計を考えることもある年齢だが、それが年数でなく、月数や日数の単位ではまだものが見えてこない。
その覚悟が僕にはまだ出来ない、と言い換えるべきかも知れない。
松村君は医者らしい彼本来の澄んだ頭でそこまでを見据えて手術に臨んだのだと改めて感じ入った。
とても切ない方程式から導き出された、人間の尊厳に関わる厳粛な答えだ。
ソレがフィクションではなく、間近にいる親しい人の現実なのだとは…。

皆さんに伝えて下さい。僕は元気です。
時期はやがて来るんだけど、確実に来るんだけど、少しでもそれを遅らせて貰うようにこれから治療に入ります。
祈ってくれた皆さんに本当に感謝しています。

そしてエレベータまで送ってくれて別れ際にこう言った。

かぜさんのOFF会でもし体調が良かったら飛び入りでもイイからも一回歌いたいな。

帰宅後、hecoちゃんにOFF会の日程を急いでくれるようお願いし、彼女から丈二君経由で確かめて貰ったが松村君出演の可能性は現状NGの答えが返ってきた。
すでに松村君のブログも更新が不定期になる由、娘さんが書き込まれていた。
おそらくは辛い透析治療が始まったのだろう。

訪問して良かったと思う。松村君と同じ手術を受けた50年来の友人がいるので甘っちょろい期待はハナからしていなかった。でも会わずにいれば、僕はどこかで奇蹟が起きてくれるよう祈ることで僕を包み込むつらさから逃げようとしたに違いない。
甘やかな期待を捨てて現実を直視することで勁さを手にした松村君に学んだ上で、僕はやっぱり奇蹟を祈る。そして思う。生きてる内はこの生を精一杯生き抜くのだ。そうしないとバチが当たっちまう。

エレベータが閉まる間際に僕は言ったよネ。
また会いたいね。
そうだよ、松村君。僕は二度でも三度でもハックルベリーフィンの『流れ星』を、『携帯電話のなかった時代』を、『CALIFORNIA DREAMING』を聴きたいよ、生で。

だから、本当にまた会おうね。

2012年4月21日土曜日

痛くないBlake








日曜日、叔母の49日法要の夜から起き上がれなくなった。
心労と鬱のWアタックに負けたらしい。
そこに古い知り合いから強引な借金の申し込み。
僕の健康状態など知り抜いているくせに頼んでも電話を切らない。泣き真似までするので僕は気が狂いそうになった。
本当に狂いそうだったので貸した。鬱が深まった。
こう書くと必ず誰かからメールが届く。
「かぜさんのは鬱なんかじゃない。貴方は鬱の真実を知らない。鬱はもっと苦しい」
鬱の真贋など論じて僕のこの苛立ちは消えるとでも言うのか?
こんな歳になると俺たちは日常的に鬱状態にいる。「老人性鬱」。
この「鬱」は歳を取ればみんなに解る症状だと思う。本当の「鬱」だろうが「アンタのはウソ」だろうが、なってみれば結構厄介だと解るはずだ。
まあ、僕は元気を装う術には長けているので人には解られにくいけどね。

必死で気分を上向かせなければならなかった。
19日から僕にとっての新学期が始まったからだ。
今年はゴールデンウィークまで2回しか授業がない。黄金週間に課題をやっておいて貰わないと授業日程に支障が出る。
そのためにはなるべく早く受講生の数を確定して本格的なスタートを切りたい。
1回目はそんな具合で生徒に向けて自分のプレゼンテーションをしなければならなかった。
元気でヘンなじいさんの存在は伝わったと思う。

僕の授業を受ける学生には結構優秀な者が多い。
提出課題の多い通年授業なのに取得出来る単位は2単位。
根気と頑張りが必要な1年間なので出席し続ける生徒には元々それなりの資質がある。
脱落者がそんなに多くないのでそれと知れる。
最初から書ける子もいれば学年途中から急に上手くなる子もいる。
タイプは様々だが、最初に褒めた生徒がここ数年、卒論や卒業制作で学部長賞や優秀賞に選ばれているのを確認している。
勿論、学生自身は卒業してしまっているので僕がそんなところまで目を通していることは知らない。
おそらくはこれから仕事の現場で顔を合わせるようなこともないだろう。
なので「おめでとう」を言ってやる機会もないのだが、袖触り合うも多生の縁、授業の時から気づいていた僕の勘が『アメリカン・アイドル』や『アメリカン・ダンスアイドル』の順位予想のごとくピタリと当たるのはなかなか嬉しいものだ。

今年もその勘は当たった。
そして珍しくその生徒はそれを僕に報告しに来てくれた。
彼が来られたのは就職していないためだ。勿論、目指す仕事が就職という形にならないものだからだが、これまでこんな経験がなかったのは、成績優秀者はみんな早い時期に就職が決まっちゃってたからだね。
普通は平日の昼間にブラブラなんかしてない。
彼と一緒に待っていたのはこれも昨年度の生徒でこれから2年間、毎週、授業終わりに原稿を持ってくる。それを僕が添削してやることになっている。
弟子入りを志願されたので断ったらそういう別の約束が出来てしまった。
考えてみると大変なことを引き受けちゃった訳だが格別後悔している訳でもない。
先の短いジジババと話しているより将来に向けて力を蓄えようとしている若い人を見ている方が多分うんと楽しいしね。多分、僕はこういうことに向いている。
他にも就職出来るまで企業に提出する作文を添削して下さい、というチャッカリ君もいる。
その生徒は昨年、僕の授業を無欠席で通したとても真面目な子なので、そういう生真面目君は多分自分のチャッカリ度に気づいていないと思う。
先生としてはそれに気づかせる必要もあるのだろうが別にその時間がない訳でもないので構やしない。多分、僕はまとわりつくものを甘やかすのが好きなのだ。人でも物でも状況でも…。

我が家のまとわり君Blakeは今日、狂犬病の注射だった。
朝は僕の膝の注射についてきて、クリニック近くの畑で昼まで遊んでた。
僕の膝にはコレまでで最高量の水が溜まっていた。墓地の階段の上り下りが原因だ。日頃墓参もせぬ僕にはやはり罰が当たったらしい。
「痛くなかったですか?」と聞かれたが気づいていなかった。ただ、水が溜まっていることは予測していた。
いつもより動きすぎていたし、手摺りのない石段を降りるには膝に負担をかける降り方しか出来なかったからだ。
予想通りのことが連日続くってことは多分、僕には通常の勘が戻ってきているってことだ。
ホラね。こんな風に僕は明るさを装うのが上手だ。自分をも騙せる。

ひと休みしてから午後は近くのふれあいセンターで行われている注射会場に連れて行った。
Blakeは知らない仲間の匂いに興奮して会場の地面を嗅ぎ回る。
彼以外の大半の犬は見知らぬ場所に連れてこられた恐怖で鳴き叫んだり後ずさりして飼い主を困らせているのに、だ。
しかもBlakeは匂いを嗅ぐのに必死でお医者さんがそのむき出しのお尻に「ちょっと痛いよォ」と言いながら注射してくれたのにも全く気づかないままだった。ホントにヘンな奴だ。
帰り道にご近所の奥さん二人に「痛がったでしょ?」と訊かれたが「本人気づいていないようで」としか答えようがなかった。

そんなことをうだうだと書いてたらもう寝る時間だ。明日は病院を二つ掛け持ちしないといけないんだ。おやすみなさい。
注射が痛かった僕と痛くないBlake。
今日は僕のダークサイド丸出しの日記になりました。すみません。

2012年4月16日月曜日

叔母 49日の桜



長い年月、僕のトラウマとなっていた向島体験。
その中心人物であった叔母が逝って47日目の今日、隣町にある「福正寺」で49日法要が営まれ、続いて我が家の墓への納骨が行われた。
「福正寺」を訪れたのはわずかに2度目。
前回は叔母の通夜で東京に出る時、住職をピックアップするために寄っただけ。中に入ったのは今日が初めてだ。
本当はここが我が家の檀那寺ではない。
我が家はごく近所に平安時代からある「平沢寺」の檀家で昔は住職が常駐していた。
僕の本名はその坊主がつけた。病気や怪我に会いやすいというありがたい名前をつけてくれた上、すぐ裏の同級生にも僕と同じ名をつけた。
そいつとは子供の頃から無理矢理ライバル関係を強いられて厄介な思いをした。
坊主は酒と女で身を持ち崩して、寺を去ったという。
僕の小学生頃は管理人こそいたが常駐の坊主はおらず、法要の度、どこからかご住職がやって来たが、それがこの「福正寺」のご住職だったらしい。
実家の冠婚葬祭関係からは逃げ回っていたのでご住職とはこの数年、顔を合わせるようになっただけでほとんど会話らしい会話もしたことはない。

法要に揃った顔ぶれは山田関係では僕の母、二人の妹と、姪。父の弟と妹、その夫。そして僕。
叔母関係は叔母の兄、その娘、叔母の店を最後まで切り盛りした従業員、の三人。
全員との顔見知りはこの種のことにそっぽを向いてきた僕だけ、という変な集まりだった。

我が家の墓は宝暦十年からの墓誌が残っているヘンな墓だ。
僕もやがてこの墓へ入ると思うとなんかソレもヘンだ。
墓の施主は僕の名になっていて、父が亡くなった85年に母が勝手にそんなことをした。
施主である僕は、子供の頃はいざ知らず父が亡くなって以後、この墓の人たちに手を合わせたことがない。バチ当たりと呼んで下さい。
仏壇に手を合わせることも中学で家を出た日以後はしていない。
それなのに僕は納骨の済んだ叔母の墓の前で久しぶりに手を合わせ呟いた。
「叔母さん、本当にコレでお別れだよ。さようなら」
僕のトラウマはこれから徐々に消えて行く。そう思いたい。

今日は本当に妙な1日でした。よくあることなのにね、
とても疲れ切って気づいたら仕事部屋で3時間くらい居眠りしていました。

写真は福正寺の桜。
桜も今年はコレで見納めでしょう。

2012年4月10日火曜日

4月10日 満開!



本日はゴミ当番。
2軒ひと組なので僕は片付け係。
10時近くに回収されたゴミの箱を元の場所に戻し、その足でスーパーマーケットへ。

今日の桜は午前10時の桜。
満開ですね。

買った物を冷蔵庫に入れたあと、実家へ。
おふくろには近所の仲間が二人遊びに来ていたので早々に退散。

昼飯はスーパーで買ったトロ、カッパ、かんぴょうの三色巻き。
ジジ臭い食事じゃ。

2012年4月9日月曜日

西崎 みどりちゃん誕生日の桜




2012年4月9日。
桜はほぼ満開か。
今日は西崎みどりちゃんの誕生日だね。(1960年4月9日生)
みどりちゃんとは事務所が一緒だった時期がある。
『セイ!ヤング』をやっていた期間だ。
その縁で2曲ほどみどりちゃんのレコードを書いた。
その歌を今、彼女を知らない若い人に聞かせると一様に「上手いねぇ」と驚く。
天才少女歌手だったけど、僕は歌い方が丁寧なのでいつも感心していた。
『おもいで湖畔』。今になって名曲だったんだねぇ、と言われてるんだけど、レコードはその時売れてくれないとねぇ。

さて、本日、我が家地帯は 日本テレビ 21℃
フジテレビ 24℃
ちょっと差がありすぎだけど確かに暖かい。
ただ、昨日までが昨日までなので急な変化について行けない身体はこの暖かさを少しも喜んでいない。
Blakeはすでに朝、逃走。
疲れたのか昼過ぎまで静かに日陰で過ごした。
これから軽く大掃除。片付くかな?

2012年4月8日日曜日

花祭りの日の桜


僕の記憶の中ではこの地方の桜は花祭りの日ころがいつも一番きれいだった。
今日はその日のはずだが八分咲き、と言ったところか。
花びらも昔はもっと鮮やかな、と言うより、濃い桜色だったような気がするんだが…。

2012年4月6日金曜日

東京満開の日の桜



我が家の入り口の桜も少~しほころび始めました。
熱はまだ引かず一日中グッタリしていますがBlakeは散歩をせがみます。
で、その途中にパチリ。

2012年4月3日火曜日

爆弾低気圧の日の桜


雨が降り出す直前。
まだ青空がのぞいている。
東京上野では開花したらしいが我が家の入り口の桜にはその気配もない。

2012年2月29日水曜日

不憫なRobin




我が家にまた犬がやってきた。
生後3ヶ月。柴犬。親は血統書付きらしい。
「親は」であって、「この子が」ではないようだが確かに育ちは良さげ。
まあ、飼い主の育ちが悪いのだから犬の血統なんか云々しても始まらないけどね。

名前をつけないといろいろ不便なことが多いので「ロビン」Robin とした。
ロビン・シックRobin Thickeという歌い手から採った。
2002年デビューでベートーベンの『交響曲第5番(運命)』をイントロに使った"When I Get You Alone"という歌があり、これをブレイク・ルイスBlake Lewisが『アメリカン・アイドル シーズン6』で歌った。
早速、Robin Thicke(当時は「Thicke」という名)のファーストアルバム"A Beautiful World"を買ったのだがヤク中が歌っているみたいな奔放な作品群で良く言えば多彩、悪くいえば方向性が見えないアルバムだった。
もしかして、これ、ヤク中には見える「美しき世界」を歌ってるのか? と思ったこのアルバムはアメリカでは失敗に終わったらしいのだが僕はなんだか気に入ってしまい、続く2枚目と3枚目のアルバムもAmazonに注文した。
2枚目は品切れのままついに入荷せず、という結果だったがサードアルバム"Something Eles"は手に入れた。

21世紀に入ってからの僕の音楽LifeはBlake Lewisから始まっていると言っても過言ではなく、彼が競技中に歌ったティム・マッグロウTim McGraw (カントリー・ミュージックの大スター。その後映画『幸せの隠れ場所』でサンドラ・ブロックの夫を演じた)もマーク・アンソニーMarc Anthony (歌手で女優のジェニファー・ロペスの夫。ラテン界の大スター歌手)もマルーン5 Maroon 5 (来日公演の切符が30分で売りきれる人気グループ)も彼が歌ったおかげで僕は興味を持ち、いずれも気に入ってアルバムを購入した。
なのでBlakeの弟分となる子犬は連想から即座にRobinと名付けた。


さて、ではRobinはなぜ我が家にやって来ることになったのか?
それは僕がBlakeを手に入れたのと同じ場所で起こった。
2年半前のある日、僕は隣町の(この辺では比較的高級な)中華料理店にいた。
その料理店にはなんだか無性に可愛い犬が玄関前に鎮座していて、そいつの頭を撫でていたら僕は突然、犬が欲しくなり矢も楯もたまらなくなった。
妹が自分の家の犬を譲ってもらった家に電話したところ、4匹ほどいるというので早速見せてもらってBlakeを飼うことにした。

一昨日のことだ。
その妹が彼女の会社の「社長」(僕にとっては愛称だが、実際にも「社長」)とその店で夕食を摂っていた。
そのとき、店のオーナーから子犬が4匹生まれたという話を聞かされた。
僕が頭を撫でていたあの可愛い犬の子だ。
当時、そいつはまだ小犬だったわけだがあれから2年半。子供ができても不思議じゃないワね。
で一匹だけ雄がいるという話を聞いた「社長」は猛烈に欲しくなってもらってきちゃったんだ。
妹の会社は設計事務所で実は「社長」、茨城のとある寺の住職なんだが、お寺の用事以外は今でも建築家としての仕事場をこの町に持っている。

さて、犬を貰った「社長」は喜び勇んで帰路についた。
ところが、昨日の朝、義弟が玄関を開けたら前夜、自宅へ戻ったはずの「社長」の車が置いてある。
「社長」は仕事が立て込んで家に帰れないときのために妹夫婦の家の離れを借りているのだが、なんと小犬もそこに連れ帰っていた。

訳を聞いて笑ったね。
「社長」は奥さんにひどい剣幕で叱られて犬を飼わせてもらえなかったらしい。家にも入れて貰えなかったというのだ。
そりゃそうだ。
「社長」が仕事に出ている間、犬の世話をするのは他でもない彼の奥さんなんだから。
どうしよう…。社長は悲しげに呟いた。
なぜなら妹の家でも犬を飼っている。
とても2頭は飼えない、と言う。
そう聞かされてしまったら「じゃ、僕が2,3日預かってBlakeと喧嘩しなさそうなら飼ってもイイよ」と言うしかないではないか? 甘い? そうだろうな。
Blakeは貰ってきたときが1歳半を過ぎていて、正しい躾を施すにはちょっと遅かったのでこの子を上手に躾けたらBlakeがそれに習ってくれるかも、なんて考えたのだ。

Blakeは友達がいなかったのでこの来客を手放しでもてなした。
しかし、つきあい下手なのですべてが過剰になってしまい、やがてこの客に鬱陶しがられる羽目に陥った。
小犬はまだ爪を研ぐ習慣がない。Blakeが近寄ってくるのをいやがって小犬は鋭い爪でBlakeの顔をひっかく。
さすがのBlakeも悲鳴を上げて、二匹はそっぽを向き始めた。
ところが、小犬はなかなかしたたかでBlakeの注意がそれている隙に彼の朝飯をバリバリ喰い始めたんだ。
いや、すごい喰い方で皿の残飯は一気に空になった。
Blakeが食べ残して放ったらかしていたパンのかけらにもかじりつき、庭のあちこちに残っていた食べ物はきれいに姿を消した。

午後からは日が陰り始めて急に寒くなったので家の中に入れたが、その途端、ムリムリっとウンチ。ウンチというよりかなり立派なウンコ。Blakeの3分の1位の体だが、量はBlakeのⅠ日分を凌ぐほど。
ご飯はBlakeが滅多に食べないドライフードが好みらしく、あげた途端に喰い終わる。
Blakeも対抗しようとしてドライフードに口をつけてみるのだが、やはり好きにはなれないらしい。
小犬の食欲はBlakeとは比べものにならないほど旺盛だ。
その上、目を離した隙に小便。しかも廊下に。
それを見ていたBlakeは自分のテリトリーを侵害され始めたと思ったのか、なんと自分の小屋の入り口に小便をかける始末で、その直後から家の中でションベン合戦が始まってしまった。

と言うわけでか細い声だがやたらに主張するその小犬には叱るための名前が必要でしたのサ。

しかし、Robin!と呼ぶたびBlakeが飛んでくる。明らかに嫉妬している。
Robinを抱き上げるのを邪魔しようとしたりもする。
「Blake、君は兄さんなんだからRobinの面倒も見てやってね」というと僕の膝に頭をすり寄せて「その子だけ可愛がらないで僕とも遊んでね」と訴えかけてくる。
RobinはRobinでしつこいくらい自分の可愛さを僕にアピールする、
なんだかその牽制のしっこに疲れ果ててる内にⅠ日目が暮れた。

夜、Blakeがキャンキャンと吠え立てるので階段を降りるとそこには細いが大量のウンコ。
BlakeはRobinの粗相を僕に知らせているのだった。
「その前におまえが誘導して廊下じゃないところでウンコさせんかい!」
と思ったが、それがわかるBlakeなら自分も台所で小便しないよね。
その夜の内に再び同量のウンコ。3回目だが、ドッグフードの袋を見たらおよそ3日分の量を与えてしまってたようだ。喰えば即、出す、という体なのか?。


今朝は大雪。
ベランダの手すりの上には10㎝ほどの雪が積もっていてTVでは熊谷5㎝なれどこのあたりではその倍か?

BlakeとRobinの勢力争いはますます激しくなっていてRobinはどうやら気が強げ。
僕の後を追い、二階にいれば降りてきてくれ、と細いが鋭い声で僕に強制する。
僕が従うまで止める気配はないから僕が渋々降りて行くと当然Blakeも飛んできて、自分の優先順位を主張する。
さすがの僕も音を上げて妹に「飼い続けるのはちょっと無理だ」と伝えたのだが、「もう少し置いといたら仲良くなるかもしれないし」…。
うーん、どうかなあ。換毛期に入り始めた二頭からはやたら毛が落ちるし、僕を独占しようとする互いへの示威行為が妙にウザったい。
暮らした月日が長い分Blakeへ傾く僕の心は否定しようがないので、となるとRobinが不憫。
さて、どうしようかと思い迷う内、二日目も終わろうとしている。

もし、このRobinを欲しい方はご一報くださいな、という飼い主募集日記になってしまったなぁ。

そんなことを綴っているとき、「向島チューズデイ」では悪役になってしまっている叔母の訃報が届いた。昨夜11時に亡くなった。79歳だった。
犬にかかずらわってる場合ではなくなった。

2012年1月20日金曜日

疑惑Blake


最近、ヤツの挙動が不審だ。
僕が1階で炊事などしている時、ソッとリビングから消えている。
戸が薄~く開いているので近くまで行くと慌てて2階の階段を駆け下りてくる。
僕のいない仕事場で一体何を嗅ぎ回ってるのだろう?

そう言えば僕がいないと思って仕事場に入って来る時もあって、僕に気づいてハッとして(文字通りハッした顔をする)急いで部屋から駆け出して行く。
戸は開けるだけで閉めることは出来ないからその都度、戸を閉めに立ち上がらなければならず、なかなか厄介だ。

さらに、僕がトイレに行くためソファを離れるとどうやらソファーにも乗っている気配がある。
大抵は僕が部屋に戻るまでに降りているようなのだが、この頃は図太くなってきて、平気で乗ったままでいる。
「オイ、降りろ」と命令すると不満そうに降りる。
道理でスウェットパンツに思わぬ量の毛が付いてたりしたはずだ。
僕がいない間、ソファを温めておきましたゼ、というほど健気な感じはない。
明らかに僕の目を盗んで行動してると思う。

そう言えば最近は散歩を公然と要求するようになり、自分が外に出たい午後2時半頃になるとかなり威張った声で吠える。
有無を言わせない強い意志の見える吠え方なので僕はその無理を聞く。
本当は彼の思い通りに動いてはいけないのだと思うがコレまで彼は上手に意志を伝えられなかったので、コレは伝わった、と彼自身が認識出来るように僕の方から歩み寄っている。
伝わっていると判れば、彼はもっと上手に色んな意志を伝えようと工夫するのではないかと思うのだ。

イヤ、カリスマ・ドッグ・トレーナーのシーザー・ミランには怒られるだろうと思いますよ。
判ってるんだけど老い先短い道中の友なのでイイよ、別にワガママに育っちゃったって。
ジイちゃんバアちゃんが孫を甘やかしてしまう気持ちがよおく判る昨今だね。
多分、家の中での不審な行動もついに僕を手なづけたと思っている彼の増長の表れなのかもしれない。
やがて手に負えなくなるぞ、という思いもないではないのだけど、バカ犬Blakeを見てみたい気も…。

そのバカ犬が招いた事件。
正月早々、朝飯中の僕に一つの苦情が届いた。どこかのお母さんからです。
「道を歩いていると毎日お宅の家に吠えられて生きた心地がしないのよ!」
ウーン、毎日は庭にいないんですけどね、とは言えなかった。

たしかにBlakeは吠える。
着飾った人と化粧をした人には特に…。
あとは僕の家すれすれの塀沿いに歩く人に吠えている。
吠えているのに気づいた時は必ず叱っているのでその方のお顔を存じ上げていても良いはずなのだが、全く初めてお会いする方だった。

塀から外が見えるところは勝手口の格子状になってる1m弱の扉のところなんだけど、ここを通った時にワワワワワンとやるので吃驚される方はおられる。
なので困った。

道は公道なのでこんなことを言えた義理ではないのだが、「申し訳ありませんが一度、道のあちら側を歩いてみて貰えますか?」とお願いした。
門から2m位は離れることになるので吠えないかもしれないと思ったのだ。
というのもお母さんはこの辺のお年寄りには珍しくきれいに化粧し、モダンな洋装をされている。
その方が塀すれすれに歩いて来たら吠えないはずがないのだ。
門から少し離れた所を通ったら吠えなかった、ということになったら申し訳ないけどこれからいつもそうして貰えるかもしれないな、と淡い期待をしたのだ。

「ウウン、吠えられるまで犬がいることに気づかないんだから最初からよけては通れないのよ」
「ウーン、ウチのはご近所から番犬の役をしてない犬だね、と言われるくらい吠えない犬なんですけどねぇ」
「愛犬家ってウチのだけは吠えないと思ってるのよねぇ」

「死ぬほど怖く」てもよけてはあるいてくれないのかぁ、と手前勝手なことを思ったが勿論言えない。

「とにかく犬がいるっていう看板立てといてくれないと」

ウチのは外にはあまりいない。
夏と冬は大半家の中で暮らしている。
同じ人が「毎日吠えられる」ということは基本、ナイのだが、ホントに悪い巡り合わせで珍しく外に出てる時どういう訳だかその方が行き帰りするのだとするとコレはもう僕には想定外の出来事なのだ。

近頃、我が家は犬小屋みたいな匂いになっている、と思う。判らない、慣れちゃったから。
そう、愛犬家はかように自分が見えなくなる。どんなにヨソ様に迷惑をかけているかに気づかなくなる。

勿論、そのお母さんに暴言を吐く気はないので早速紅白の旗を買ってきてフェンスにくくりつけた。
「犬がいます 吠えます すみません」
と書いた。
逆に近所の人の関心を集めてしまって旗の事情をしょっちゅう説明しなければならなくなった。
みんなが気づいてしまった旗。
あのお母さんもこの旗に気づいてくだすったろうか?
どちらにせよ、ご迷惑おかけして誠に申し訳ありません。