2014年6月21日土曜日

またかよ的近況


実は先週末の定期検診の時、24時間、心電図計を装着させられていたんです。
何故、着けることになったかというと、僕は梅雨の時期、というか低気圧の力が強まる時、しばしば不整脈を起こすんです。
胸苦しくなって、フッと気が遠くなりかけるんです。
これは心臓のバイパス手術後、5年目頃から起きるようになって、検診の度、訴えたのですが、答はいつも
「そんな症状がなくなるように手術したんですよ」
そりゃそうだよなあ、と納得するしかありません。
でも、胸苦しくなったが最後、最低2時間、ひどい日は一日中、金魚が酸素を欲しがるみたいにベッドに横たわって喉だけでハアハアと呼吸しながら症状の収まるのを待つしかありませんでした。

改めて言うべきことではありませんが、僕は一般的なこの歳の人間に比べると、自分の症状を主治医に詳しく伝える能力があります。
でも、多くの医者はそういう患者が嫌いです。
「手術したんだからそんなことあるはずないでしょ!」
「大したことでもないのを大袈裟に!」
と怒り出す担当医やあからさまに嫌みを言う担当医もいました。
ま、苦しむのは僕で、あんたじゃないからな。
僕は明らかに年下の担当医たちをそう思うことで許してきました。
ただ、僕はこういった悪意を引き寄せる、なんか変な磁力を持っているんですよね。
それについて様々な評価を下されているのは知っていますが、ま、今は措いといて…。

心電図の異常なんてグラフを見れば解るのだから病院に行けるくらい元気な日には異常は顕れないんですよ。
ですから僕も通常の定期検診で心電図が異常だったことはありませんでした。

1994年6月。あるクリニックで24時間心電図を着けた時、「速やかなる処置を要する」という結果が出たのですね。
担当医のしたことは「ニトロ」の錠剤を12錠出すことだけでした。
その年の12月下旬、僕は仕事に出掛けられないほど疲弊して、初めて心臓が95%ほど機能していないことを知りました。
つまり、残りの5%で仕事をし、動いていたのです。仕事に行くのが辛かったのも道理だったのだ。
手術に耐え得る体力がない、と診断され3週間、病院のベッドの上で体力の回復を待ちました。
1995年、阪神淡路大震災のその日、心臓のバイパス手術。
それから5年後くらいには不整脈の症状が出始めたんだけど、まあ、担当医の対応は前述したものだったわけよね。
2001年、ロサンゼルスのレドンドビーチで半年がかりで本書くことにした際、L.A.の病院に留学していたN大病院のM先生に出会い、僕は病院を変えた。

僕は悪運を引き寄せる力が強いけど、良運を引き寄せる力も結構あるんだよねえ。

2002年のいつ頃だったか、運の良いことに病院で金魚パクパクが起きちゃったんだよね。
すぐに心電図をとると不整脈が発覚した。
「かぜさんのいつも言ってたこと、本当でしたねえ」
M先生もそう言ったくらいだから1/3くらいは、かぜさん、ちょっと大袈裟、と思ってたかもしれないな♪

M先生のおかげで不整脈が収まって、生活は以後、あまり、トラブルなく過ごしてた。

でも、2007年、前立腺手術。
その検査の際、血流の悪い部分があることが発覚。血管の中に土管埋め込みみたいな作業をすることになった。
ステントの取り付け、ってやつですね。
ところが、そのために血管の中で風船を膨らませたら血管が破れて出血しちゃった。
以後はなるべく血管の手術をしないで済むよう、薬で血液サラサラを行ってきたわけです。

でも、バイパス手術ってそれ自体の寿命は10年なんですってね。
つまり、僕のバイパスはそのおよそ2倍働いてくれてたわけ。

イヤ、マ、何を言おうとしているのかと言えば、先週末の心電図計24時間装着で判ったことは、一晩で18回ほど脈と脈の間に長~いマが出来ていることだった。
心房細動? 『ER』でよく聞いた症状なので、あまりいい状態じゃないみたいね。

下手したら、また、手術?
血管、持つんでしょうかねえ?
心配はいくつもあるんですが、ま、来週月曜日に専門病院に検査に行ってきます。

『ルーズヴェルト・ゲーム』 明日最終回

『花咲舞が黙ってない』が終りました。
銀行版おんな水戸黄門。
展開は承知だが、主演の杏ちゃんは当たっている人を見る楽しみがあり、上川隆也さんはいつもながら折り目正しい芝居。
顔そのものが臭くなりがちな生瀬勝久さんもちゃんとやれば面白くなる役どころなのを心得ている上手さで全話楽しく見た。
原作の池井戸潤さんは『半澤直樹』で昨夏大当りした人だが入院直前に第6話まで楽しく見ていたものだからその後、大当りになったと聞き、僕、この作家と肌が合うんだと思った。
今シーズンは『花咲舞が黙ってない』の他に『ルーズヴェルト・ゲーム』を見ているのだがこちらも原作が池井戸さん。(次回が最終話)
全然意識せずに見始めたら一話目で両作とも同じ原作者だと知り、合点がいった。
歳取ってくるとこういう勧善懲悪ものが好きになる理由も何となく判ってきた。
展開の読める心地よさ、読後感の清々しさ、で気分が大分救われる
現実は決して楽しくもなんともないので、せめてテレビの中では清々しいそらぞらしさを見ていたい。
僕の中には、もはや「哀しみ体力」があまり残っていないので人生を変えさせられるようなドラマは困るんだ。
若い時は変わって行く自分が楽しくて仕方なかったけど、もうその体力はない。
安易でない暇潰しは他でやるのでテレビはもう安易な暇潰しをさせてくれればいい。
暇潰しの時しか見てないし…。
嘘さえつかずにいてくれればね。

自分も深く関わった時期もあるテレビというメディアを残念ながら今やそういう位置に置かざるを得ないのは寂しい…。
けど、1シーズンで2本のドラマを最終回まで見終えることあまりなかったので今シーズンは僕にとっては豊作だったのかも。
NHKの連ドラ『花子とアン』が良いという噂も聞くのですが、試しに見たら僕にはダメな種類の芝居をする人がいて、諦めました。

海外ドラマは目下『SUIT 3』のみ視聴。
弁護士事務所が舞台だが噂ほどではなく、暇潰し以上のなにものでもない。
同じ弁護士事務所物ではちょっと前の『スキャンダル』という政界フィクサーものの方が陰湿で面白かったかも。

ま、コレからしばらくはテレビでなく入院で見損ねていた映画を順次見て行こうかと思っています。

実は仕事もなく無為な日々を送っているというのが実情です。
どこでも伺いますので『要介護5からのリハビリ~ギランバレー症候群と私』みたいな講演会、またはトークショーをやらせてくれる方はいらっしゃらないでしょうか?
ドラマはネタ振り、本題は実はコレ、みたいな投稿ですみません。
ご検討くださるかたがいらっしゃると幸いです。
よろしくどうぞ。「

2014年6月11日水曜日

アイツは俺を‥‥


blakeは僕を操り始めたかも知れない。
彼はテレビがついている間中、僕の顔をジッと見ている。
おお、眠れないのか、すまないな、と言うと、迷惑そうな顔でベッドの横をノソノソと歩いて廊下に出て行く。
テレビを消すと、おお、やっと消したか、と言わんばかりに自分のベッドに戻ってくる。
しかし、ほどなくして、彼は再び、廊下に出て行く。
その時、僕にチラリと迷惑そうな視線を向けるのを忘れない。
つまり、テレビは消したが電気は消さないのか、という抗議の視線である。

こんな風に彼は僕をしつけ始めているのだが、なら、彼の知られたくない恥ずかしい話をバラしちゃおう♪

アイツは昨日(6/9夜)の雷がよほど怖かったのか、3回もチビったんだぜ。
主人を躾る前に、もう少し自分も鍛えないとな♪

写真は友人Kの投稿から借りました。
しかし、寝姿は僕しか目撃できない。





2014年6月10日火曜日

5月14日 さすがに疲れてる


先週木曜日の通所リハビリ以降、録音、2つの法事と遠出が続き、さすがに今日は今に至るもベッドから出ることが出来ない。

だが、もしかすると僕が最もマイってるのは第3の友人の死であるかもしれない。

彼はどうやら昨年6月に亡くなったらしい。
その死は何日か誰にも気づかれずにいた。
外国との往復が多かったので連絡が途絶えても不思議がられないという不運もあった。

しかし、訃報は最近まで僕に届いていなかった。

彼の死を報せる手紙は昨年の12月に投函された。
遺品整理をしていた人が僕との仕事が多かったことに気づいてくれたからだった。
そこでおそらくはネットで検索したのだろう。
彼はFMさがみの『かぜ耕士のどこかでラジオが』宛に手紙を送った。
だが、その当時、僕はまだ入院生活を送っており、復活の目処さえたっていなかった。
もし、僕に2度と復活の日が来なかったなら、僕は彼の死そのものを知らなかったろう。
僕と彼とが没交渉になったのは2002年のことで、理由はハッキリしているのだが僕にも彼にもその件に関しては非がない。

その詳細は省きたい。
僕は「嘘」はあまり言わないのだけれど「秘密」はとても多い人間です。
「秘密」を喋らないことが「嘘つき」になるのなら僕は「大嘘つき」です。

ともあれ、訃報は僕が番組復帰をしたことで初めて目に触れることになった。
つまり、訃報は4ヶ月誰にも開かれなかった。リクエストや番組へのお便りと同じ扱いを受けて、局預かりになっていたわけだ。
でも、正直、僕のもとへ届いただけマシと言うべきだろう。
復帰できるのかどうか判らないパーソナリティへの「お便り」を局は保存しておいてくれたのだものね。

それにしても僕はそれほどまでに無名だったかなあ。
彼の仕事歴のどの時点で多くの接触があったのかが遺品から推測できれば、JASRACでも日本脚本家連盟でも、あるいはFMさがみでも電話1本で住所くらいはわかったと思うがなあ。

遺品整理に携わってくれてる人は、少なくとも、マスコミ関係者ではないな、と想像した。
想像したからどうなるもんでもないのだが、手紙の終わりには「彼の死をマスコミには漏らしてくれるな」というのが「遺族」の希望だ、と添えられていた。
「遺族」…。さあ、誰だっけ? ああ、あの姉夫婦か、不仲だと言ってたっけなあ。

宙ぶらりんの訃報がひとつ。
「孤独死」以上の情報を一つも与えられず弔ってもやれない旧い友の死が妙に心に重い今日だ。

写真は昨日のマーク君の葬儀にて。
お焼香に訪れた方々のその人数で彼の一生が充実したものであったことを知りました。
57歳という若さですから無念の思いは否めませんが僕の記憶の中で彼はずっと微笑んでいます。