2011年2月19日土曜日

Chasing Blake



今日の予定は「確定申告」を済ませてしまうことだった。
ところが…。


朝5時。妹の息子Daiki君がBlakeを散歩に連れ出してくれた。
Daikiは勤めに出る前にやってきてくれたのだ。
では、Blakeが戻るまでに下に降りておこうか、と寝ぼけ眼で身支度をし、各所の電気をつけて寝室の窓を開け放とうとした時、電話が鳴った。

「兄ちゃん、Blakeがまた逃げちゃったんだよ」

どうやら近所をひと廻りして、玄関につなごうとした時、Daikiの手から手綱がはなれたようなのだ。
その一瞬を見逃さず、Blakeは逃走したのだ。散歩用の綱と玄関につなぐための綱、合わせて2メートルのちょっと太めの綱を引きずったままBlakeは逃げたのだ。

心配の種は綱の長さ。
どこか人目につくところで何かに引っかかってしまえば発見は早いはず。
だが、林や藪の中で木の根元などに引っかかってしまうと発見できなくなる。
なぜならBlakeは玄関にいてさえ、綱を自転車のスタンドや植木に引っかけて動けなくなる。
彼は元に戻す、ということを知らないので、すぐに僕を呼ぶ。
威張った声でなく、「僕、失敗しちゃったんだけど」というすまなそうな声をする。
時々は失敗を見られたくないらしく半日くらい声を出さずにうずくまっていることもある。
林の中でそんな目に遭ったら、多分、鳴かない。

勤めに出なければならないDaikiは仕事を休む、と言い出していたらしいが、妹がなだめて、結果、30分経っても戻らない時は僕と妹と妹の勤め先の社長までが捜索に乗り出すことになってしまった。

そして、…。

イヤー、最近の逃走はほとんどが30分程度で、決まり切った散歩コースでなく、自分の行きたいところに行ってみたいという欲求の表れかと思っていたんですがねぇ。

1時間経っても2時間経っても、いや、それどころかお昼になっても帰りません。
僕は電動自転車の電池が切れるまで探し回り、妹は車で隣村まで出かける騒ぎ。
3時過ぎには一番下の妹も加わって、兄弟全員での捜索となった。
その間に役場に出向いたものの本日は休み。保健所などへの届けは明後日になってしまうといわれ、隣町の警察でも今日は土曜だから、と…。
すべて、間が悪すぎた。
なぜだか自転車でキョロキョロしていた下の妹を不審がったパトロール・カーが尋問したおかげで紐をつけたままの犬を見つけたら我が家に連絡をくれることになって…。
正式手順を踏んでも駄目で、たまさかパトカーに遭遇で、そっちの方が有効だったというところに今日が凝縮されていた感じ。

さて、逃走から12時間に近づき、そろそろ黄昏が忍び寄る頃、僕はもう疲れ切っていた。
玄関を開け放し、いつでも戻れるようにはしておいたが、その間、何度も窓辺に寄っては外をのぞき見る一日。
ああ、帰り遅い子を待つ親の気持ちってこれか…。

その間にも二人の妹からは携帯で捜索結果が次々に届き、二人とももはや諦め気分。
顔が可愛いから紐を掴めたら誰でも連れてっちゃうよね、が二人の意見で(なんでかBlakeは顔がイイ、という評価が定着しちゃってる。その割には犬仲間にモテない)、通りを渡る時、紐を車に踏まれて、そこに対向車が来たら…、なんて最悪の事態まで予測。
どんなにかわいがっても逃走したがるんだから、それはあいつの性。木に絡まって夜を迎えてしまったら、夜明けまで動けないから、腹を空かせて朝にはどこかから鳴き声が聞こえるはず。きっと明日には見つかる。もし、動けないところを他の動物に襲われたならそれがあいつの天命。轢死するのも運命だと、僕は結論した。

もう暗くなるので、これが最後と、妹二人が思い当たる場所をもう一度探すことにして5分経った頃だ。
僕は今日一日、何度もしたように二階の窓から下を見た。
暗くなりかけた我が家の前の通り道に犬が一匹、匂いを嗅ぎ回っている。
Blakeなら付けているはずの綱がないのだが、そいつはどう見たってわがBlakeだろう。

「Blake」

思いっきり優しい声で僕は呼びかけた。
そいつは尻尾を振り、玄関に跳んできたが、玄関は諦めてさっき閉めたばかりだった。
急いで後ろ向きで階段を下り(そういう足になっちゃってるので)、もどかしい思いで玄関の戸を開けると、いたはずのBlakeの姿がまた見えない。
暗い道に向かってなるべく威圧感を与えぬ声で呼んでみた。

「Blake」

すると奴は闇の中から忽然と現れて、僕に飛びつくと自ら玄関の中に入り、出しておいた朝飯に食らいついたのだった。
僕は急いで玄関の戸を閉めた。

そこで初めて気づいたのだが、首輪から下15cmほどまで紐が垂れ、紐の先は不揃いに切れていた。
やはり、どこかで紐が絡まり、30分のはずの散歩が半日がかりの散歩になってしまったに違いなかった。
おそらく、Blakeは何時間もかけて紐を食いちぎって帰ってきたのだ。

運良く、紐の替えがあったので、それを取り付けているところにすっかり諦め声の上の妹の電話。
帰還を伝えると急いでやってきた。まだ捜索中の下の妹にも伝えると彼女もやってきて、そこに勤めから戻ったDaikiも駆けつけ、みんなで泣き出す始末。
Blakeだけがみんなに可愛がって欲しいらしく、一人一人のところににじり寄って腹を見せ、手足をバタつかせて撫でてくれのポーズ。
みんなで泣き笑いした後、それぞれが夕食の支度に戻っていった。

Blakeは今、階段の下にペタリと伏せて、僕が下り来て触ってくれるのを待っている。
可愛いポーズさえすれば、いつでも許してもらえると僕をナメてる節が最近時々見える。
そこまで主導権は握らせねえぞ。固く心に誓う本日の店主であった。