2016年7月23日土曜日

本日(7/23)の『どこかでラジオが』

本日(7/23)の『どこかでラジオが』(FM HOT 839にて 23:00-23:59)

『わたしの昭和史』は1987(昭和62)年に来ていましたが、本日は番外編で「永六輔さん」の特集。

1967年12月10日に始まった永さんとの47年間の愛憎(大袈裟ですが)のドラマを語っております。
一回で済まそうと思ったのですが、結局、今回と次回、2時間にわたる大作になってしまいました。

曲は
①『夢で逢いましょう』(坂本スミ子)
②『黒い花びら』(水原弘)
③『黄昏のビギン』(ちあきなおみ)
④『遠くへ行きたい』(ジェリー藤尾)
⑤『上を向いて歩こう』(坂本九)

FMさがみ(FM HOT 839と改称)は、パソコンならサイマルラジオでお聴きください。
スマホではリッスンラジオ、 i-コミュラジオ、TuneIn Radioなどの無料アプリがあります。
これら専用のアプリは一度ダウンロードしておけば、いつでもラジオが聴けます。僕の使い勝手ではTuneIn Radioがベストだったのですが、このところ調子が悪くリッスンラジオに助けられています。ご自分のスマホと相性のいいアプリを試しておいていただくとありがたいです。


本日(7/23)の『どこかでラジオが』

本日(7/23)の『どこかでラジオが』(FM HOT 839にて 23:00-23:59)

『わたしの昭和史』は1987(昭和62)年に来ていましたが、半日は番外編で「永六輔さん」の特集。

1967年12月10日に始まった永さんとの47年間の愛憎(大袈裟ですが)のドラマを語っております。
一回で済まそうと思ったのですが、結局、今回と次回、2時間にわたる大作になってしまいました。

曲は
①『夢で逢いましょう』(坂本スミ子)
②『黒い花びら』(水原弘)
③『黄昏のビギン』(ちあきなおみ)
④『遠くへ行きたい』(ジェリー藤尾)
⑤『上を向いて歩こう』(坂本九)

FMさがみ(FM HOT 839と改称)は、パソコンならサイマルラジオでお聴きください。
スマホではリッスンラジオ、 i-コミュラジオ、TuneIn Radioなどの無料アプリがあります。
これら専用のアプリは一度ダウンロードしておけば、いつでもラジオが聴けます。僕の使い勝手ではTuneIn Radioがベストだったのですが、このところ調子が悪くリッスンラジオに助けられています。ご自分のスマホと相性のいいアプリを試しておいていただくとありがたいです。


2016年7月14日木曜日

7/13(水) 72歳の誕生日


すぐ近くに住むアルパ奏者、ネルソン鈴木くん(23歳)が誕生日を祝いに来てくれ、何曲も弾いてくれた。
素敵な夜だ。
ありがとう♪

ちなみに今日は
昼に津布久さんとコラアゲンはいごうまんくん、入れ替わるように夕方から菅谷先生がおいでくださり、その後、友人K、長尾さん、ネルソン君が加わり、久しぶりに『うどん九兵衛屋』でうどんしゃぶしゃぶ。
そしてこの演奏会になった。




永さんのこと

永さんのこと

生きている内にお礼を言っとかなきゃ意味がない、と思っていたので、2013年4月9日、すなわち永さんが傘寿を迎える前日に「ニコニコ堂のことそろそろ書いてイイですか」とお願いにうかがった。
喰始のWAHAHA本舗公演『ラスト』の幕間だった。
勿論、OKを戴いて、久しぶりに永さん、喰ちゃん、との3 shot写真を撮って帰り、翌日には『誰かとどこかで』のスタジオに誕生祝いの華をお届けした。
いつも通り、お礼の葉書をいただき、そこには「訪ねてきて、喰と」と添えられていた。
永さんは喰ちゃんが大好きで、だが、喰ちゃんは永さんに用事のある時、必ず僕を同伴したがる。
しかも、WAHAHAの公演に永さんを招待している時、喰ちゃんは必ず僕も呼んでいるので、僕と永さんの遭遇確率は他の誰よりも高いのだった。
つまり、僕も、タベちゃんも、そして永さんも1対1で話をするのが苦手なのだ。

一時、西野バレエ団との付き合いが深くなっていた頃、僕は並木橋交差点でよく永さんに遇った。
西野の目の前に永さんは住んでいた。
でも、僕が「おはようございます」と頭を下げても永さんは無視された。
そうされることは承知だった。
僕は交差点を渡りきってしまった後、もう一度渡り直して、「永さん、お久しぶりです。お元気そうで何よりです。じゃ、失礼します」と言って踵を返すことに決めていた。

その頃、僕らは永さんが集めた学生グループをすでに解体していて、永さんの事務所からも離れていた。
僕は事務所を離れるとき、一応、永さんにはご挨拶したのだ。
そして、そんなことをしたのは実は僕だけだったらしい。
永さんはその時おっしゃったのだ。
「Mみたいなことしないでよ。こないだMBSであいつ向こうからやって来て僕に気づいたら、廊下曲がっちゃって挨拶もしてくれなかったんだよ。挨拶も出来ないような関係になるのはやめようね」
Mたちは永さんに話しにくい事情を抱えて事務所を去っていた。
つい、挨拶をしそびれたのだろう。

そんなことを言いながら永さんは挨拶を返してくれないのだから、気づいてくれたのか不安になるではないか。
で、僕はなるべく大きな声で、「永さん、おはようございます」と言うことにした。勿論、永さんは、嫌な顔したんだけど。

でも、僕が深夜放送で喋るようになると、長谷川きよしさんの番組のゲストで来ていたらしい永さんが突然スタジオのガラスの向こうで手を振ってくれてたり、あまり、よそでは聞かない顔を見せてくれるようになった。
後輩の結婚式では「お前って人の集まるとこにはどこでも顔出す奴なの?」等と嫌みを言われた。
永さんは後輩のお父さんとの関係で祝辞を済ますとさっさと帰られたので知ることもなかった訳だけど、僕も祝辞を述べる役で呼ばれてる。
僕の方が関わりが深かったんですよ、永さん。
ピーコさんの目の手術成功のパーティでは案の定無視されて、北山修や小室等と歓談。
永さん、おすぎとピーコはあなたより僕の方が付き合い古いの。
小室さんとは僕が組んでたの。

てな具合に愛憎も半ばするのは自分が集めたくせに知らん顔された連中の中では現場がラジオなので比較的接触する機会が多かった僕だけの特典なのかもしれないな。

ま、追悼本の形で出るのは本意ではないので永さんも関わるはずだったのになぜか外れて結局、永さんが集めた学生グループ『ニコニコ堂』メンバーだった井上頌一と僕が深く関わることになったNHK『ステージ101』とを絡めて書いておこうと思う。

永さんは僕らを集めて何をしようとしたのか?
そんな話だ。
出版社が後ろについてくれると嬉しいけど、別に出版予定があろうがなかろうが書くので勇気づけてくださると嬉しいです。
タイトルは、洋平ちゃん(坂本善昭)の言葉をもらって
『僕らが白鳥だった頃』~「涙をこえて」を知ってますか
にしようと思ってる。
何の実体もないのに「永さんが集めた学生」と言うだけで、醜いアヒルの子でも表向きは「白鳥」として世に出てしまった僕らと、実体は失敗アイドルを45人集めて「NHK」の看板で「白鳥」として売り出した「ヤング101」はどうも似てる、という視点から書いてみようと思ってる
取材は90%済んでる。
乞うご期待と言っておこう。

写真は2013年4月9日 赤坂にて


2016年7月9日土曜日

7/9(土)放送の『どこかでラジオが』

(FM HOT 839にて 23;00~0;00)

乱高下する気温に身体がついていけず、軽いめまいを起こしながら毎日生活しておりますが、「かぜ耕士の昭和史」は1986(昭和61年)の総まとめ。
ワンレン、ボディコン、朝シャン、家庭内離婚、プッツン、タケシ軍団フライデー襲撃、ジュリアナ…なんかあまり懐かしくない言葉たち、というか、愛着が湧かないことがが並んだ年です。
ぷっつん、定番、土地転がし、究極…、あ、チェルノブイリの原発事故がこの年です。

子猫物語、キネマの天地、ビーパップ・ハイスクール、火宅の人、
バック・トゥ・ザ・フューチャー、ロッキー4、コーラス・ライン、エイリアン2、プラトーン。
これらには懐かしさがあります。

曲は

①CHA-CHA-CHA 石井明美
②仮面舞踏会 少年隊
③恋に落ちて 小林明子

 FMさがみ(FM HOT 839と改称)は、パソコンならサイマルラジオでお聴きください。
スマホではリッスンラジオ、 i-コミュラジオ、TuneIn Radioなどの無料アプリがあります。
これら専用のアプリは一度ダウンロードしておけば、いつでもラジオが聴けます。
僕の使い勝手ではTuneIn Radioがベストだったのですが、このところ調子が悪くリッスンラジオに助けられています。
ご自分のスマホと相性のいいアプリを試しておいていただくとありがたいです。