2011年3月9日水曜日

Smile Blake


写真嫌いのBlakeなんですが暇にまかせてパチパチやってたら思いがけず可愛いショットがありました。
なんだか笑っちまいます。

2011年2月19日土曜日

Chasing Blake



今日の予定は「確定申告」を済ませてしまうことだった。
ところが…。


朝5時。妹の息子Daiki君がBlakeを散歩に連れ出してくれた。
Daikiは勤めに出る前にやってきてくれたのだ。
では、Blakeが戻るまでに下に降りておこうか、と寝ぼけ眼で身支度をし、各所の電気をつけて寝室の窓を開け放とうとした時、電話が鳴った。

「兄ちゃん、Blakeがまた逃げちゃったんだよ」

どうやら近所をひと廻りして、玄関につなごうとした時、Daikiの手から手綱がはなれたようなのだ。
その一瞬を見逃さず、Blakeは逃走したのだ。散歩用の綱と玄関につなぐための綱、合わせて2メートルのちょっと太めの綱を引きずったままBlakeは逃げたのだ。

心配の種は綱の長さ。
どこか人目につくところで何かに引っかかってしまえば発見は早いはず。
だが、林や藪の中で木の根元などに引っかかってしまうと発見できなくなる。
なぜならBlakeは玄関にいてさえ、綱を自転車のスタンドや植木に引っかけて動けなくなる。
彼は元に戻す、ということを知らないので、すぐに僕を呼ぶ。
威張った声でなく、「僕、失敗しちゃったんだけど」というすまなそうな声をする。
時々は失敗を見られたくないらしく半日くらい声を出さずにうずくまっていることもある。
林の中でそんな目に遭ったら、多分、鳴かない。

勤めに出なければならないDaikiは仕事を休む、と言い出していたらしいが、妹がなだめて、結果、30分経っても戻らない時は僕と妹と妹の勤め先の社長までが捜索に乗り出すことになってしまった。

そして、…。

イヤー、最近の逃走はほとんどが30分程度で、決まり切った散歩コースでなく、自分の行きたいところに行ってみたいという欲求の表れかと思っていたんですがねぇ。

1時間経っても2時間経っても、いや、それどころかお昼になっても帰りません。
僕は電動自転車の電池が切れるまで探し回り、妹は車で隣村まで出かける騒ぎ。
3時過ぎには一番下の妹も加わって、兄弟全員での捜索となった。
その間に役場に出向いたものの本日は休み。保健所などへの届けは明後日になってしまうといわれ、隣町の警察でも今日は土曜だから、と…。
すべて、間が悪すぎた。
なぜだか自転車でキョロキョロしていた下の妹を不審がったパトロール・カーが尋問したおかげで紐をつけたままの犬を見つけたら我が家に連絡をくれることになって…。
正式手順を踏んでも駄目で、たまさかパトカーに遭遇で、そっちの方が有効だったというところに今日が凝縮されていた感じ。

さて、逃走から12時間に近づき、そろそろ黄昏が忍び寄る頃、僕はもう疲れ切っていた。
玄関を開け放し、いつでも戻れるようにはしておいたが、その間、何度も窓辺に寄っては外をのぞき見る一日。
ああ、帰り遅い子を待つ親の気持ちってこれか…。

その間にも二人の妹からは携帯で捜索結果が次々に届き、二人とももはや諦め気分。
顔が可愛いから紐を掴めたら誰でも連れてっちゃうよね、が二人の意見で(なんでかBlakeは顔がイイ、という評価が定着しちゃってる。その割には犬仲間にモテない)、通りを渡る時、紐を車に踏まれて、そこに対向車が来たら…、なんて最悪の事態まで予測。
どんなにかわいがっても逃走したがるんだから、それはあいつの性。木に絡まって夜を迎えてしまったら、夜明けまで動けないから、腹を空かせて朝にはどこかから鳴き声が聞こえるはず。きっと明日には見つかる。もし、動けないところを他の動物に襲われたならそれがあいつの天命。轢死するのも運命だと、僕は結論した。

もう暗くなるので、これが最後と、妹二人が思い当たる場所をもう一度探すことにして5分経った頃だ。
僕は今日一日、何度もしたように二階の窓から下を見た。
暗くなりかけた我が家の前の通り道に犬が一匹、匂いを嗅ぎ回っている。
Blakeなら付けているはずの綱がないのだが、そいつはどう見たってわがBlakeだろう。

「Blake」

思いっきり優しい声で僕は呼びかけた。
そいつは尻尾を振り、玄関に跳んできたが、玄関は諦めてさっき閉めたばかりだった。
急いで後ろ向きで階段を下り(そういう足になっちゃってるので)、もどかしい思いで玄関の戸を開けると、いたはずのBlakeの姿がまた見えない。
暗い道に向かってなるべく威圧感を与えぬ声で呼んでみた。

「Blake」

すると奴は闇の中から忽然と現れて、僕に飛びつくと自ら玄関の中に入り、出しておいた朝飯に食らいついたのだった。
僕は急いで玄関の戸を閉めた。

そこで初めて気づいたのだが、首輪から下15cmほどまで紐が垂れ、紐の先は不揃いに切れていた。
やはり、どこかで紐が絡まり、30分のはずの散歩が半日がかりの散歩になってしまったに違いなかった。
おそらく、Blakeは何時間もかけて紐を食いちぎって帰ってきたのだ。

運良く、紐の替えがあったので、それを取り付けているところにすっかり諦め声の上の妹の電話。
帰還を伝えると急いでやってきた。まだ捜索中の下の妹にも伝えると彼女もやってきて、そこに勤めから戻ったDaikiも駆けつけ、みんなで泣き出す始末。
Blakeだけがみんなに可愛がって欲しいらしく、一人一人のところににじり寄って腹を見せ、手足をバタつかせて撫でてくれのポーズ。
みんなで泣き笑いした後、それぞれが夕食の支度に戻っていった。

Blakeは今、階段の下にペタリと伏せて、僕が下り来て触ってくれるのを待っている。
可愛いポーズさえすれば、いつでも許してもらえると僕をナメてる節が最近時々見える。
そこまで主導権は握らせねえぞ。固く心に誓う本日の店主であった。

2010年11月5日金曜日

JIN -仁-

「虫のいいお願い」

去年、「カフェ・セン」で評判だったTBSの日曜劇場『JIN -仁-』を、昨日までの5日間、CSのTBSチャンネルで連続放送していた。
本放送の時は1話目を見逃してしまったので見ないで済ましたのだが(僕は全話完璧に見ないと気がすまないタチなので)、今回は見事全回録画出来た。
今日は登校日なので電車の中で見始めたのだがもう涙と鼻水が止まらない。
ズルズルと鼻水すすりながら授業までの間に初回長時間バージョンを見終え、帰りの電車で二話目を見終えた。
もう止められない。
4時30分帰宅で今までずっと見続けて残すは9、10、最終11 話。
いやー、皆さんの評判に違わぬ面白さ。
原作の漫画が村上もとかさんなのでつまらない訳はないとは思ったが、こんなに泣けるとは!
毎話、鼻水もしくは号泣しております。
泣くのはイイワ、一日の疲れが取れる。

ところで1話目と言えば5夜連続の移民ドラマ『99年の愛』の1話目を録画した方はいらっしゃいますか?
隔週発売のテレビ番組表でチェックしていたために実はこの放送が番組表に載っておらず録り逃しました。
2話目は実は『ナサケの女』を録っていたんですが、チャンネル設定を間違えてこのスペシャルドラマが取れていて、ちょうど録画し始めたところで気づいて時間の修正も出来たという按配。
どうも2話目からでは気が乗らないので、もし録画してらっしゃった方がいらしたらお貸しいただけると嬉しいなぁと思っているのですが…。

2010年11月3日水曜日

予防注射は射ったのに

2週間ほど前にインフルエンザの注射をしたのだが何日か前から風邪気味だ。

この注射って他人から風邪がうつらないとか、そんなためのモノ?

突然の寒さにエアコンつけて、そのせいでうたた寝して、ソレで風邪引いちゃったりしたのかしらン?

風呂にも入れんで弱っとるだぎゃ。

2010年9月26日日曜日

9月のセレクト

今回のおたよりは8月の続編です。
そうです、胃のレントゲンを撮る際、飲んだバリウムの行方です。
この続編を書くにはいささかためらいの気持ちもあるのですが、約1名のご要望もあったこともあり、したためる次第です。 なお、この放送をお食事、おやつ中に聞いていらっしゃる方がいらしたならば、多少、食の進まぬことも生じるかと存じます。お許しください。
では始めさせていただきます。バリウムの行方は、基本的には次の3通りに分けられると、自らの経験から告白いたします。
第一の行方。
あれは、約30年前の就職活動の頃。自分を自分以上の能力者に見せかけなければいけない面接の連続にストレスが溜まった結果、胃痛に悩まされる日々。病院に行くと、即、胃のレントゲン検査でバリウムを飲まされました。
初めてのことゆえ、バリウムは噂ほど、まずくないの思いに浸っている私は、検査技師の「下剤はしっかり飲んでください」の意味がわからなかったのです。
結果、バリウムさまは、私のお腹に4,5日間、滞在なさいました。
バリウムは水に溶けにくい物質なので、勢いで押し出さなければ、腸が水分だけを吸収することになり、バリウムは前に進まなくなることを当時知らなかったのです。
水分は吸収されて、バリウムだけが腸に溜まる。
それは悲劇です。いつ医者に行こうかとウラ若き娘が、どれだけ、悩んだことか…。
あの苦しみ・不安は未だ、トラウマとして残っております。 これが最悪のバリウムの行方です。
2番目の場合、これは本人は苦しみませんが、ほかの皆様に迷惑をかけるという行方。
ご滞在なさるものの、1~2日でゆっくりご出発になるケース。
この場合、腸から押し出されはするのですが、他のモノとまざり、色が白いながらも形状を留めたものができあがります。
バリウムは水より重いこともあり、いったん形作られたものは崩れにくくなっています。
よって水流の弱いトイレにあたると、大変なのです。流れません。形をとどめたまま、水の中に居座ることになります。
外出先で、このタイプのトイレに出会った場合、もう逃げるしかありません。
申し訳ないと心の中で謝りながら。「次の方、どうぞ、お許しください」と。
また、ウチのトイレは、運悪く流れが悪い、古いトイレです。ウチに持ち帰った場合、大変です。検査室にあった攪拌機のごとく、誰かが形を崩し、まわして溶かしてから流さなければならないのです。
家での検査当日朝の合言葉。「外に置いてくるように」。
ただ、これは最近、サイホン式の一気に流れるトイレが増えているので、そういうことになっていると、お気づきでない方も多いと思います。 そして、最後はいちばん、良い行方。検査の施設ですべてのご一行がご出発なさる。
病院や人間ドック専門のトイレはその辺、良くできています。必ず、流れます。
何より、安心。清潔。
しかし、この方法をとるのは難しい。前日までの分を十分、抜いておかないと実現しないようです。
以上がバリウムの行方です。リスナーの皆様はたぶん、ほとんどの方は経験済みで目新しいことでもなく、むしろ、ご不愉快に感じられたことでしょう。でも、胃のレントゲンの検査を受けられた時は、「バリウムの行方」、それなりに気を使っているのではないかと思い、まとめた次第です。
また、検査を受けたことのない方のご参考になれば幸いです。
しかし、自分の人格を疑われるようなこんなお便りを続けて出していいものかといまだ迷ってはいるのでが、拷問といわれ、ウルサイといわれ、それ以上を求められるのならば、これしかないと蛮勇をもって、お便りしたしだいです。 今度はなんと言われるのだろうと楽しみにしつつ、いえ、恐れつつ、これでかぜさんのサイトのオフ会にはどんな顔して出ればいいのだろうと思案投げ首。ほかにいい題材も思い浮かばず、名誉を捨てた「くすくすサン」のお便りでした。

くすくすサンはもはや確信犯的に「ウッセー」お便りを書いてくれてますけど、「たむたむ」のころは皆さん、こんな感じの「うっせー」のが多かったですよね。
それが一つの特徴でもありましたしね。
この書きっぷりは昔の番組でやや受けた「こんにゃく」は消化されるのか、というお便りに似てますよね。
僕はバリウムを何度も飲まされた病歴を持つ上に、便秘症でしたのでバリウム飲んだ日は本当に注意しましたけど、2,3日出ないこともあって苦労した経験があります。
なので他人事でない話題でしたけど、まだバリウムの経験がない人でこれから人間ドッグなんかに入る予定など持っている方は本当にご注意くださいね。くすくすサンのこのお便りが、突然、人ごとでなかったことに気づきますから。

2010年9月6日月曜日

吸引力

最近テレビのトーク番組に引っ張りだこの「戦場カメラマン」渡部陽一さん。
別に見るつもりのなかった番組に渡部さんが映っていたり、予告編に彼の名が出ていると思わず録画予約したり、時間があるとチャンネルを合わせてしまう。
なんだろう、その吸引力。
しばらくそのわけは探らないでおこうと思う。

2010年8月28日土曜日

8月のセレクト

今月は番組でも読ませて貰ったのですが、皆さんにも一度お読みいただきたいと思ってこちらでも紹介させていただきます。
優しい心を持つ人ほど傷ついてしまうという好例ですが、皆さんの家庭でもこんなことが増えてきてはいませんか?
さいわい、今の僕ン家には起きていないんだけど(かつての家庭にはあった)、親を諫めて、諫めた自分の方が辛くなってしまうようになった時は、自分の方が親になった気分で彼らに接してやらなければならない時が来たんだなぁ、とうとう親を超えてしまったんだなぁ、と思うと我が身をうんと責めなくてもすむような気がするんだけどどうでしょうねぇ?

今月最も感じ入った一通です。

かぜさんこんにちは、あまりに暑すぎた夏でしたけどようやく終わりが近づいてきましたね。お元気にお過ごしのこととご推察致します。
かぜさんは甲子園の高校野球はご覧になりましたか?
今年は神奈川代表の東海相模高校が35年ぶりに決勝戦に出場しましたが、残念ながら決勝戦では13対1という大差で負けてしまいました。
え~~、この件につきまして親父と喧嘩をしてしまいましたのでご報告いたします。
話の発端は、その決勝戦。
それまでサイドハンドからの剛速球でチームを決勝戦まで導いてきた東海大相模高校のエース一二三(ひふみ)が、突然乱れて、沖縄代表の興南高校に大量得点を取られてしまった時の事です。
それをテレビで観ていた父が、
「まったく、しょうがねえなぁ。」
「おらおらおらおら、三塁回って、もう一点入るわ。」
「なにやってんだよ?このバカ」
と、打たれた一二三投手を愚弄するような言葉を言うのです。
「もう駄目だ、こいつは!」
「まったく、最低な試合だな。」
「どうしようもないバカだな。」
と、親父がそこまで言ったところで、私もつい大きな声を出してしまいました。
「『バカ』なんか言うなら、テレビ見なきゃいいだろ。」
そう言うと、親父の手元にあったリモコンをひったくって、テレビを消してしまいました。
親父があまりに口汚く非難するのが聞いていられなかったのです。
私も大人げないとは思いましたが、うちの親父が、口汚く非難するのは今に始まった事ではないのです。
親父は今までも、母に対しても私達兄弟に対しても、親戚に対しても、聞くに堪えないような汚い言葉を使って非難する事が度々ありました。
兄が交通事故を起こした時も、私が大学受験に失敗した時も、人格を否定する様な蔑視語を使って非難してきました。
今は、テレビのニュースやスポーツ中継を見ても、差別用語をたっぷり使って文句を言っています。
親父は、つまりは他人を非難することで、自分を高見に置いて優越感を感じているのです。
私はそんな親父に対する不満が生れてからずっと持っていたことと、ぶり返した今日の暑さも手伝って、ついにキレてしまったのです。
ただし、喧嘩にはなりませんでした。親父は、親に叱られた子供のようにしゅんとなって、居間に行ってしまいました。私は、こんどはキレてしまった自分が恥ずかしくなってしまいました。
かぜさん、子供を叱るのも嫌なものですけど、親を叱るっていうのも、凄く嫌なもんですね。・・・・しかもこんなくだらないことで。
今は私が大きく反省しています。
あなぐま