2019年5月21日火曜日

5/26日の「かぜ博」は…

 5/26(日)の「かぜ博」は「LGBT映画を語る」なんだけど…

結構苦戦している。
作品数が予想以上に多くて、見直すのに時間がかかっている。
かなりの数の作品を見ていた、と思っていたのだが、語れるに足りるほどには細部を思い出せないものも多い。

昭和32年に丸山明宏という歌手を知った。『メケ・メケ』というシャンソンを歌っていて、「シスター・ボーイ」と呼ばれていた。男にしては顔立ちがキレイすぎて、眉毛を整えているのも不思議だった。
「一発屋」だと思っていたが、何年かして、『ヨイトマケの歌』で帰ってきた。感動した。
昭和34年の冬、初めて痴漢に遭った。
浅草に映画を見に行った帰り道。言問橋あたりから誰かにつけられている気はしていたのだが、三囲神社の石段を降りようとした時、突然、股間を掴まれて「君、オナニーって知ってる?  皇太子だってしてるんだよ」
皇太子の結婚が4/10と決まって日本中が沸き立っていた。
昭和39年頃、政治映画『野望の系列』(1962年作品)を新宿アートシアターで見た。
実際には『恋の売り込み』という歌で大ヒットを飛ばした少年歌手エディ・ホッジスがその映画に出ているので、どんな顔をしているのか見たかったのだ。日本では伊東ゆかりちゃんのカバーバージョンが大ヒットしていて、僕はエディ・ホッジスの顔を知らなかった。
役は大統領の息子かなんかの彩り程度で、顔は覚えられなかったが、僕はこの映画の中で初めて「ゲイ・バー」というモノの存在を知った。若手議員のドン・マーレーがいかがわしいバーの中に入ってゆくシーンに、アメリカにはスキャンダルになりかねないバーがあることを知ったのだ。ちなみに僕の住居の一階はバー「メトロ」で僕は高校一年頃から酒を飲んでるイカれた少年だったが、バーと言えば酒を飲む場所という以上の知識は無かった。
昭和42年頃、カルーセル麻紀という「おかま」が日劇ミュージック・ホールに出ていると評判になった。
本名・平原徹男。最初から公言していて、ずいぶん思い切りのいい人だな、と感心した。歌も上手く、ルックスも申し分なかったので(整形前のお粗末な顔も公開していた)、しばらくマスコミは「おかま芸能人」と言えば丸山明宏改め美輪明宏とカルーセル麻紀にしか出番はなかった。
「ゲイ」という言葉がまだ使われていなかったのとカルーセル麻紀が平気で「おかま」を連発するので、世間ではコメディ・リリーフとしての「おかま」をいつの間にか容認していた。
あれからおよそ60年弱。今でも日本では「ゲイ」にコメディ・リリーフ以上の役割は与えていないと思う。
美輪さんと麻紀さんは長い時間をかけて世間の常識と戦い続けてきた。
この10年、おネエタレント、女装タレントの台頭で援護射撃の態勢が整い、世の中は「ゲイ」「おネエ」という言葉で彼らを容認し、コメディ・リリーフとしてならテレビへの出演も許容するようになった。
だが、タレントとしての彼らは認めても、隣人としての「ゲイ」まで認めているとは限らない。
果敢な開拓者のいた「G」(ゲイ)でさえそうなのだから、「L」(レズビアン)「B」(バイセクシャル)「T」(トランスジェンダー)となると、まだまだ、常識を覆すには時間がかかるのだと思う。
 
日本では少女漫画の読者たちが「ボーイズ・ラブ」を早い時期に見つけているが、読者層の大半を占める女性たちが隣人としてのLGBTを認めているかどうかは判らない。ただ、日本の男たちより、女たちの方がLGBTについて広い視野を持っているのはたしかだと思う。
では、世界の映画ではLGBTはいつ頃から、どんな風に描かれてきたのだろう。

世界の映画が日本の常識を変えて来たことだけはたしかだと思う。
「かぜ先生たち、アメリカに影響された世代は外国映画の影響を異常に信じてるからな」
20代の若者たちは僕にそう言う。
何とでも言いなさい。こんなに世界中の映画が見られる国で、その幸せを享受しない、あるいは気づかない君たちは不幸だ。
「日本が一番優れてるのに」。
誰がそう教えたの? 特別講師のフジテレビのプロデューサー? あるいは現長期政権? フジテレビが視聴率の最下位になった今も僕にそう言う?
 
20世紀も終わりに近づいた頃から、 LGBT映画がまるでブームのように多数作られ、秀作も多い。
『ロングタイム・コンパニオン』 『フィラデルフィア』『ブロークバック・マウンテン』『ムーンライト』『きみの名前でぼくを呼んで』『ナチュラル・ウーマン』『ゴッド・アンド・モンスター』『ベント 堕ちた饗宴』『トランス・アメリカ』『モーリス』『アナザー・カントリー』『ブエノスアイレス』『マイ・ビューティフル・ランドレッド』『ヘドウック・アンド・アングリー・インチ』『リプリー』『キャロル』『噂の二人』『太陽がいっぱい』『キッズ・オールライト』『チョコレート・ドーナッツ』『ロッキー・ホラーショー MOVIE』『彼らが本気で編む時は』etc.
 
テレビ放映されて見た人も多いはずの映画だけでも50本以上。
どんな取捨選択をすればいいのか、ただいま、思案中。
今回は『性別が、ない インターセックス漫画家のクィアな日々』を撮った渡辺正悟監督にも最後に登場していただき、話に加わってもらうつもりです。

日時 2019年5月26日(日) 13時30分~15時30分(受付は13時より)
会場 日暮里プロモボックス! http://promo-box.jp/map.html
(日暮里駅東口駅前)
料金 1500円
定員 40名(満席になり次第締め切らせていただきます)
企画・主催  K+(担当 津布久)

お申し込みは kazesan713@gmail.com までメールにて、お名前、ご連絡先
電話番号をご記入のうえお申し込みください。折り返しご連絡差し上げます。

写真は『チョコレート・ドーナッツ』『ムーンライト』『プロークバック・マウンテン』『ナチュラル・ウーマン』『ボーイズ・ドント・クライ』『クライングゲーム』『ミルク』
                                                                 




2019年4月15日月曜日

FMさがみ黄金週間特番

2019/4/15

 
FMさがみ黄金週間特番

4/30(火)pm.1:00~3:00の2時間を担当することになりました。
詳しい打ち合わせはまだなので内容は未定。
「平成映画史」がベースになりますので「あなたの好きな平成映画」とか「平成を振り返る」等の内容でメールをいただけると何通かはご紹介できると思います。
締切は4/23(火)必着。
redondowind@gmail.com
まで、よろしくお願いします。

ちなみに僕の散歩道の桜は葉桜になりつつあります。
今日の嵐山は強風。いちどきに散りそうで少し名残惜しさも。
家に戻ったら玄関がかなり汚れていて、見上げれば燕の飛来。
去年は心配になるほど遅くまで我が家に留まりましたが、今年はもう来たのかよ。早すぎるだろ、という気も。
燕が巣作りする家には福も訪れる、というのは去年からの一年を振り返ってもあり得ないことですが、まあ、今年も黙って軒場を貸しましょう。

 散歩道の桜
 今年もまた
ツバメがやってきた

2019年4月10日 雪

2019年4月10日 雪
於:武蔵嵐山

家の中でもグルグルと目眩。
気温の乱高下ひどすぎ。寝ます。


血まみれgankoパパ

2019/4/2
 
血まみれgankoパパ

本日朝の9時、血まみれで隣町の病院へと救急搬送された。
火曜日は燃えないごみの収集日で、リハビリの日でもあることから、暑くても寒くても通常はごみ捨てついでにblakeとの散歩に出ることにしている。
ところが今日は紙ごみが重かったので、まずはごみだけ捨てて一旦、家に戻って、それから散歩しようと思った。
ところが、すっかりその気のblakeが扉の前に立ち塞がっている。
仕方がないのでやっとの態勢でごみを右腋の下と指に掛けて、左手に散歩道具一式とリードを持って家を出たのだ。
自分の思いが通った時の犬は狂喜してしまう。
いきなりリードをグンと引かれ紙ごみの紐が解けた。
悪い予感はしたのだが散乱の惨事はまぬかれ、ごみ捨ても終わり、僕らは楽しい散歩タイムに入ったのだった。
この一週間ほど、blakeの引き具合に変化が出ている。異様な力強さなのだ。
元々、僕は歩くのが遅いからblakeは力をセーブして道を8の字形に駆け回って僕の速度に合わせている。
僕は彼の気遣いに感謝して、常に言葉をかける。
「ありがとう、blake」
「お利口さん、blake」
ところがお利口さんでなくなる瞬間が1日の散歩では数回あり、1つは犬たちの散歩道でもある「遊歩道」に近づいた時だ。
彼は急に速度を上げる。
備えは万端のつもりだがその力があまりにも強い日があり、過去に一度、歩道で倒れ、体を擦り傷だらけにしたことがある。
2つ目は直線距離が続く平坦な道。
彼の足並みは徐々に早まり、僕も駆け足になる。
とは言え、僕の体調は足に左右されていると言っても過言ではない。体の中で一番不具合の起きているのが足だ。
「止まれ、止まれ」
僕は叫んでblakeのスピードを落とさせる。
無理や引っ張る癖がついてからblakeはややガニ股気味になっていてかつてのスラリと伸びたカッコいいフォルムは失われ、工事現場のガタイのいいオジさん風になりつつある。
そのガタイでの笑顔がまた妙に可愛いものだから、困ってしまうのだが…。
猫好きや動物嫌いの方は、何を抜かしておるのだ、このバカは、と思っているに違いないが無視して続ける。「愛犬家ってそういう風に勝手だよねえ」と言われたこともあるが、何言ってるか判ンない。←サンドウイッチマン風。
さて、3つ目が好みの子に遭遇した時なのは想像に堅くないだろう。
ただ、blakeは結構、マナーにこだわっていて、かわいい子が数十メートル先からやって来る場合には、目の前に来るまで正座して待つ。
可愛い子に限らず、大半の仲間にも相手に吠えられない限りは決して吠えない。時に例外があって、稀に、噛むこともあるのだが、「マ、なんてお行儀の良い素敵なワンちゃんなの」
が一般的な評価である。
でも、それは目の前に来るまでのことなのだね。
嬉しさMAXに達してしまうと制御が利かない。相手への情報収集がしつこすぎてかわい子ちゃんは辟易としてしまう。
もう2本のリードがこんぐらがってほどくのにかなりの時間がかかる。
その頃には、最初「もしかして血統書付き?」などと言ってくれてた奥さんも「マ、柴ちゃんじゃしょうがないか」と興醒めを通り越してもはやご機嫌ななめ。
僕は丁重に詫びてその場を辞すのが常だ。

さて、いつもの散歩道にblakeを見つける度、呼んでくれる友達がいる。
blakeの散歩道から80メートルくらい離れているので、よく通りがかりのblakeに気がついたな、と驚くほどの嗅覚(視覚なのか?詳しくは知らん)なのだ。
時々、訪ねると家の裏の小屋から庭まで鎖をジャラジャラさせながら跳んで出てくる。しばらく情報交換をするがいつもblakeが先に飽きて、帰路につく。
去勢しているのか、それとも同性なのか、実はblake、5回に1度くらいしかその声に応じない。
「お前冷たいね。お早うくらい言ってあげなよ」
僕は今日もそう言ったのだが彼は知らぬふりで無視した。
ところが急に気が変わったのだろう。いつもの道を抜け、線路脇にさしかかった時、突然、石段を駆け登った。5度1ワンちゃんチはそこからも行ける。
「危ないよ。ついて行けないよ」
僕はちょっと怒鳴りながら石段を登った。
息は上がっていたが、blakeは歩みを緩めない。
一目散に5度1ワンちゃんチの庭に走り込んだ。
庭の手前はセメント塗りの小さな駐車場で、僕の足はそこでもつれた。
駐車場と庭を分けているのは10センチほどの高さの車輪止めだった。
リードを持ったまま、僕は前のめりに倒れ、その車止めに頭から突っ込んだ。
痛いどころの騒ぎではない。車止めのセメントは角が尖ったままだったから、僕の顔の真ん中辺りがその角に激突する形になった。
鮮血が駐車場を染めた。
僕はぼんやりと5度1ワンコと楽しそうに遊ぶ可愛い我が家のバカ犬を見つめてた。
駐車場に車があったがその家の主人は出てきてくれなかった。
そして、こんな時に限って僕は携帯を持って出なかったのだね。blakeを連れてごみ捨てに行く心づもりはなかったからね。
仕方なく、血を滴らせながら家路を急いだ。
昨日も書いたけど、今、強い血液サラサラ薬を服んでいる。当然だが、血は止まりにくい。
家まで150メートルの坂道を必死で歩いた。
可愛いバカ犬はしきりに僕を心配そうにのぞき込む。つまり、彼は僕の歩調で歩けないわけではない。
いつもは元気があり余って、つい走ってしまうのだ。
まあ、家までは遠かったね。
車はひっきりなしに走って行くけど、こんな時、止まってくれる車はないね。
そればかりではなく、ようやく家に辿り着き、玄関で顔から血を吹き出させてる爺さんを見ても人は知らぬ顔をするね。
隣の保育園に出入りする児童の母親も、出勤途中の近所のお姉ちゃんも気づかないのか気づかぬふりか、みんな通りすぎて行く。
しかし、何度も言うようで恐縮だが僕は凶運だが強運の持ち主なんだ。
なんと、ウチの駐車場にお隣担当のケアセンターの車がやって来た。
本来は無断駐車だが文句を言ったことはない。余計なことは日頃から言わん方がいいネ。
「すみません。救急車を呼んでいただけますか!」
僕はありったけの声で叫んだ。
運がいいよねえ、僕って。やって来た車に乗っていたのは女性看護師さん二人だった。
お二人は手際よく応急処置を施してくれ救急車を手配してくれた。

こうして僕は隣町の病院まで搬送され、脳にも鼻の骨にも損傷ナシと診断され、午後2時、やっと家に戻ってきた。
blakeはさすがに申し訳なさそうな顔をしてキュイ~ンと鳴いたが、ベッドに横たわっていると寝室のドアの前で「僕はここにいる。早く遊んでくれ」というアピールをし始めている。
ま、反省は、ナイな、多分。

今日、恐縮しつつ笑いそうになったのは、搬送された病院の耳鼻科の先生。
喉に血が詰まっているので受け皿に「ペッ」とやったら、「ペッペッやってあんたの服が血だらけになるのは知ったこっちゃないけど、私の」で、やめたことだね。
「私の白衣まで汚れるだろ!バカ」
と言いたかったんだろうね。絶対、口調から「バカ!」と怒鳴りたかったんだろうと、ちょっと笑いそうになっちゃった。
失血死するかと思ったので、擦過傷と鼻の中が切れてるので鼻血が酷かっただけ、と判って余裕が出ちゃってスミマセン。
な、訳で今日のリハビリはお休み。明日の病院もお休み。
昨日の検査結果は来週末の予約まで待つことになりました。
ご心配おかけしますが、閑話休題もこんな話で誠に恐縮です。





嵐山の桜

2019/3/31
 
嵐山の桜

一昨日はまだ「花見はいつ?」状態だった我が家の前の桜。
昨日もまだまだか?と思って家を後にしたのだが、今朝起きたら昨日の冷たい雨にもめげずなんと突然の7分咲き。
ところが隣の保育園の桜はまだ1~2分咲きなのよ。
都幾川堤の桜はどれくらい開花したのかねえ♪
今年の桜は気まぐれでよう解らんワ♪

 我が家の目の前の桜
保育園の桜

初仕事無事終了!

2019/2/9
 
初仕事無事終了!

今年の初仕事「清水ひとみの昭和歌謡劇場」(新宿ゴールデン街劇場)を終えました。
昨日は吉祥寺ココマルシアターで篠田伸二監督の『シンプル・ギフト~はじまりの歌声』の劇場上映版を見て、一人でお茶。気がついたら小屋入り15分前。慌てて駅に向かったら真逆の方向に歩いていたらしく、なんと30分遅刻。
ところが喰ちゃんも掛け持ち仕事で開演ギリギリに到着。打ち合わせなしに舞台に上がる、という離れ業。
こんなやり方はよくないと思うけど、ま、今回はそれが効を奏して前日より話が膨らみ、喰ちゃんのお気に入り回となりました。
昭和歌謡映画については僕は乗り気だったんだけど、二人の話がどんどん別方向に走り出してしまい、結局次回送り。
予定していた項目には一切触れずじまい、という出たとこ勝負みたいなステージになってしまいました。ま、なんでも予定通りにこなしたがる僕にもこれが出来るのか、という驚きはあったので、僕の今年は新発見から始まった、と言ってもイイのかな?
今回も何人かの常連さんにおいでいただき感謝しています。
特に二日目はチケットが全く捌けておらずガラガラが予測されたので、席数を一列削ったほどなのに、開けてみれば当日のお客さんがいっぱいで、また、客席を元に戻すという騒ぎになりました。
予想外の事態が連続しましたが、まずは初仕事終了!
このあとも、面白いことが起きれば良いな。



 喰ちゃん、北島さん、みんちゃん、僕、石丸さん
南雲さん、清水ひとみちゃん、僕、恵中瞳ちゃん

2019年2月6日水曜日

病室から
Facebookの友達の皆さん、今年も大変お世話になりました。
色々なことがありすぎて、年も押し迫ってきた27日、突然、入院の事態となってしまいました。
高リスクの心不全。
身体中に水が溜まっていたらしく、利尿剤の点滴で2日間で4kgの体重減となりました。
これだけで随分楽になり、血圧も心拍も安定してきています。
たぶん、予定通り、2週間で復帰できるのではないか、と思っています。
残念ながら喪中につき、明日、新年のご挨拶は出来ませんが、皆さんが良いお正月を迎えられんこと、心から祈っております。
入院に際しての励ましの言葉の数々、本当に力づけられました。ありがとうございます。
blakeと共に衷心より感謝致しております。←天皇か!

退院。そして転院の挨拶
お騒がせしましたが1/17(木)14:00に3週間の入院生活を終え、無事、我が家に戻りました。
人の住んでいない家は寒い。家のどこもかしこもが冷え冷えとしており、まず寝室の暖房を点けておいた。
blakeはよほど心細かったのか情けない声で鳴いたあとはずっと傷痕を舐めるばかり。
手伝いに来てくれた友人2人が帰るとあとはすっかり安心したらしく昏昏と眠り続けた。
さて、僕の心房細動については、もう少し、治療の必要があったのだが、今回すぐに片付く簡単なものでないことが判明。しばらくは通院して3~4ヶ月先に2月に予定していた治療を行いましょう、ということになった。
なので、またしばらくは以前、そして今回お世話になった東京の病院に通うことになります。
でも、地元で何らかの異変に襲われたら、運び込まれるのは現在通っている病院です。
で、こちらの縁もないがしろには出来ません。
で、今日が前から予約の入っていた定期検診の日だったので、一時的によその病院に参りますが、治療が済みましたら、またこちらに通わせていただきますので、というご挨拶のためにすでに2時間待ってる。
厄介なことではあるけど、僕の中では案外こういうことが大事。
暮れの混み合う病院で素早く入院手続きと治療手段をこうじてくれる先生が僕にはいた。
ここの先生も同じ。
「山田さん、明るく、ですよ。明るく取り組まないとリハビリって身にならないんです」
いつも励ましてくれたのは今の主治医だ。
こうして、僕はみんなに励まされながらやっと立ってる。
人に見られてる、とか誰かが励ましてくれている、という意識は結構、闘病のためには大事だと思う。
一人なら、もう、とっくに投げ出してた。
と、あまり善人になると、かぜさん、死ぬんじゃないだろね、とまた、皆さんを心配させそうなので、今日はまず、退院の報告、ということで。
報告までちょっと時間がかかったのは、blake同様、昏昏と寝続けてしまったからなのです。
病院生活って気づかぬ内に相当疲れてるのよね。
風邪とインフルエンザが大暴れのようです。
くれぐれもお気をつけください。
入院中はたくさんの励ましをホントにありがとうございました。


昭和歌謡劇場 まもなく!
退院後の最初の仕事がこれです。
WAHAHA本舗の女優清水ひとみちゃんの一人芝居『昭和歌謡劇場vol.3』。
2/7日(木)&8日(金)新宿ゴールデン街劇場にて18:30開場、19:00開演で。
僕と喰始が幕間で昭和歌謡を語ります。
2人の売り物は放送開始から50年を数える文化放送『走れ!歌謡曲』の初代ADだったこと。
どうぞ見に、聴きに来てやってください。
ご予約はWAHAHA本舗
03-3406-4472(11時~19時)
前売り¥2,500-
当日 ¥3,000-
よろしくどうぞ。





2018年11月30日金曜日

肺炎でした

肺炎でした
なかなか風邪が治らないなあ、と思って、また病院に行きましたら、レントゲンの結果、肺炎を併発してることが判りました。
どうも、熱が出て2日目の夜、血痰が出始めて、モノが食べられなくなり、衰弱して行くなあ、という実感はあったんですが、まさかの肺炎……。
で、今日も蒲団の中。
着替えがなくなったので曇天にも関わらず洗濯しました。
乾燥機はあっても安物下着は縮むのがオチ。
雨の来ないことを祈りつつ干しました。
ま、夕方には取り込んで、エアコンで乾かしましょ。
ま、この間に母の49日法要は済ませましたので、人生最後の大仕事は終えたかも。
早く体調を戻して自身の終活を急がねばならないのかもしれません。
頑張ります♪

と、11/4にFBに書いたのですが、この後もずーっと臥せっておりまして、実は起き出したのが11/25日のこと。イヤー、実に6週間も寝ておりました。
風邪くらい、と侮ってはいけませんね。
皆様もどうぞお気をつけて。

12/2(日)「かぜ博」緊急のお知らせ

「かぜ博」緊急のお知らせ

 通常、奇数月の最終日曜に開催していた「かぜ博」。
 あらかじめ開催日を決めていたのは、なるべく知り合いのアーチストのライブとぶつかりたくないという気持ちからでした。「すみません、この日は避けて下さいね」という…。
 今回、諸般の事情で12/2(日)になってしまった途端、案の定、不都合が生じました。
 参加メンバーが一番被っている仲の良い歌い手さんのコンサートと日にちも時間も被ることになってしまったのです。
「参加できなくなりました」のお詫びメールを何通か戴きました。すみません、彼女の方が先にライヴを予定していた日だものね。こっちこそ申し訳ありません。どうぞ、彼女のライヴに行ってあげて下さい。彼女は来年はライヴをやらないとも発表しているので、今回がしばらくの見納めですから。
 さて、こんな風に予定を狂わすと色んなことが起きますね。
 なんと会場のダブルブッキングがここに来て判明。急遽、会場を探す騒ぎとなりましたが、幸い、昨日中に解決。いつもの会場からほど近いところに決めました。
 すでに昨日中に僕のタイムラインで会場の変更はお伝えしましたが、ご覧になっていない方がかなりいらっしゃるので、ここに、再びのお知らせ。
 また、いつも通り、お客さんは定数の半分ですので、最後の集客アナウンスでもあります。
 特に、今回は常連さんの何人かがライヴに行かれますので、その分、スカッスカ。
 日曜の予定は今のところ別にないなぁ、という方はぜひ、「かぜ博」を予定に加えて下さい。
 お申込みお待ちしています。
kazesan713@gmail.com までメールにて、お名前、ご連絡先電話番号をご記入のうえお申し込みください。折り返しご連絡差し上げます
 割とバカっぽく笑えると思います。お馬鹿な業界のバカ話なので。
 
『かぜ耕士博覧会 VOL.13 ラヴ・ソングが出来るまで~続ノー・ヒット・パレード』
 12月2日(日)午後1:30~3:30 日暮里アパ・ホテル 会議室
 日暮里駅南口徒歩2分

https://l.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fwww.kashikaigishitsu.net%2Ffacilitys%2Fht-nippori-ekimae%2Froom_detail%2F3668%2F%3Ffbclid%3DIwAR1GjFLDvp5GRVT1g6YIc9XVRfIuT4bPtdUlBcfXak7gAKUCQFOnP_dLNa0&h=AT1QGHfoyEnon84IWPMG_F-VFPoJnb956Ym1rykhS77PMWg9EYgBAf0wTRyIJmgFl744Ee5Zql5SJYRTRuy6Gj-hRENzALkJ2jrj8F9YkfA37iX5Yy3w3p2u3ixkwSII1-12QQ

2018年9月20日木曜日

ご報告

本日(9/19)、母が亡くなりました。
極々、私的なことなのでどうすべきか迷いましたが、何人かの方には確約をお待ちいただいたり、何人かの方には約束を違えることになってしまいましたので、報告させていただくことにしました。
95歳でした。大往生と言って良いと思います。
哀しい思いを共にした母でした。嫁いで1年後に夫は出征。シベリアに抑留され、敗戦から4年、その生死さえ判りませんでした。
「アカ」になって帰ってきた夫はそのレッテルを背負って生きるしかなく、復員から5年、革新系議員として村議となりました。
埼玉は革新の育たない保守的な土地柄です。県議選こそ敗退しましたが、母は常に逆風を受けながら夫の議員生活を陰で支え続け、夫は亡くなったその年まで30年間、町議に再選され続けました。
12歳で村を出、65歳で帰った僕に、「山田さんの人気は、実は奥さんの人徳だと思うよ」と母をお褒めくださる方が何人かいらっしゃいました。
僕の74年の人生の中で、わずか21年しか一緒にいなかった母とはいくつかのわだかまりを残したままでしたが、ここ数ヵ月の介護生活で、人生最大のわだかまりが氷解したことは僕には心底、救いとなりました。
無駄だと思っていたこの長生きには相応の意味があったのだと思わずにいられません。
父を送る時は叔父が喪主である次女に代わって挨拶しました。何故、長女、次女でも僕でもなく叔父だったのか。
父の周回忌には「息子は口下手ですので」と、喋ることで碌を食んでいた僕をさしおいて母が挨拶をしました。
常識のない僕が何を話し出すのか彼らは不安だったのだろう、と安直に考えていたのですが、そこにも母と叔父の深い配慮のあったことを短い介護生活の問わず語りで、気づきました。
次女夫婦の計らいで僕は母の葬儀では喪主挨拶に立ちます。
これは周囲も母も恐らくは予期せぬキャスティングですが、僕は思いを籠めて母を送ろうと思います。
周囲にも納得してもらえるよう言葉を選びたいと思っています。
この人生の長旅を意味あるものにしてくれた母に、そして妹夫婦に感謝しています。
こんな捻れた安手のドラマのような不幸な親子関係を作らせた大本は戦争でした。
僕は心から戦争を憎んでいます。

2018年9月16日日曜日

かぜ耕士博覧会 VOL.12
「No Hit Parade ! ラヴソングが出来るまで」

「作詞家」を名乗るにはレコード化130曲、未音源化10曲はちょっと寂しい数です。
でも、「えっ、かぜさんってそんなに歌書いてたの?」と思う方もいらっしゃるのではないかと思います。
「ヒット曲もないのに、かぜさんてなんで売れてるの?」と同業者から言われたことも。
自分でも不思議です。
ま、その程度の作詞家なので、勿論、作詞家講座、なんて出来るはずもありません。
中途半端な売れ方をしているとこの業界ではどんな悔しい目に遭うか、といういつもの「レコード業界における被害報告」みたいな話になるのは言うまでもありません。
実は、音楽作りに携わっている人たちは作るのに一生懸命で割合ルールを知りません。
そのために、僕のようにマネージャーもつけないまま業界を歩いてきた人間はひどい目に遭っています。
僕には印税を払ってもらっていない歌が何曲もあります。
僕の歌の方が何度もレコード化されているのに、印税が別の誰かに渡っている例も何曲かあります。
業界の無知、僕の無知、理由は様々なんですが、業界にいる人が気づいたこともない、気にもせず破っているルールなどが僕には話せます。
是非、聞きに来なさい。業界の人は特にね。
いつも来て下さる方々には、実にレアな話を聞いてもらえる機会でもあります。
レコードも何曲か掛けてしまいます。
JASRACの方が文句を言うかもしれませんが、「印税が支払われていない。どうしたらいいか」と相談したら、「それは契約した方同士の問題。音楽出版社と話し合ってご自分でご解決下さい」と仰ったのはあなた方だ。「日本には取り扱い出版社がなくなりました。フランスの出版社が権利を持っていますので直接お話し下さい」とも言われた。自分の書いた歌の権利がいつの間にか無くなっているのに、それを知らせてもくれないで、何が「書き手の権利を守る団体」だ。
そんな怒りも込めて、流行らなかった歌のオン・パレードで綴る「ノー・ヒット・パレード~ラブ・ソングが出来るまで」
ぜひ、おいで下さい。
今回が一番、自信を持って語れる題材でもあります。ヒットもねえのによ。
 
日時 2018年9月30日(日) 13時30分~15時30分(受付は13時より)
会場 日暮里プロモボックス! http://promo-box.jp/map.html(日暮里駅東口駅前)
料金 1500円
定員 40名(満席になり次第締め切らせていただきます)
企画・主催  K+(担当 津布久)

お申し込みは kazesan713@gmail.com までメールにて、お名前、ご連絡先
電話番号をご記入のうえお申し込みください。折り返しご連絡差し上げます。

テンプターズ・イン・メンフィス

根津甚八

フランスでミリオンの「バラ色のときめき」

ドイツでミリオンの「どこへ行く」

「こよみ」という歌の入った伊東ゆかりのアルバム

LPばかりで競作された「おさみし谷の別れ歌」
水原弘盤が最高

この人の歌を書いた時の秘話(悲話?)


俺って音痴だったの?



2018年9月3日月曜日

恋するブックカフェ』第35回配信中


友達の南雲一範さんと恵中瞳さん(歌手&モデル)が司会の『恋するブックカフェ』にやっと出演させてもらいました。
僕は後半部に登場します。
恥ずかしながらご覧いただけると幸いです♪

2018年8月19日日曜日

『恋するブックカフェ』

『恋するブックカフェ』収録

開始当初からオファーをいただいていた『恋するブックカフェ』に出演させていただいた。
なんとすでに第35回である。
ま、一回機会を逃すとこうなってしまう、というタイミングの外し方である。
前半は作詞家のよこやまみちよしさんの『タイムマシーンに乗れたら』。
面白いトークが展開した。
僕は後半に出させていただいたが、MCの南雲さんが『たむたむたいむ』を聴いてくださっていた世代なので、懐かしの「デビカル」なんかが出てきてしまった。
収録後、denny'sで今年初となる宇治金時などご馳走になってしまった。
配信になったら是非、ご覧ください。

写真は(株)南雲堂会議室にてよこやま先生、MCの恵中瞳さん、南雲一範さんと。
もう1枚は氷宇治金時だい!



ツバメよツバメ


旅立てツバメ (8/9)

今年も軒端にツバメが来たが、滞留期間が異常に長い。
6月に入って早々とやって来たのだが、この春、隣のアパートでゴロゴロ生まれた猫の子たちが玄関を占領していたため、営巣を諦めたようだった。
ところが、いつの頃からか、また玄関に糞が積もるようになってきて、見上げたら子供が生まれていた。
ところが、この異常天気。
餌がないのか、それともあまりの暑さのためなのか、親燕の飛翔回数が少なく、多分、子の育ちが悪い。
で、いつまでも飛び立つ気配がない。
子らもずーっと巣から顔を出しているのだが、ほとんど鳴かない。
いやー、8月まで飛び立たないツバメはこれまで記憶にないなあ。
夏休みが始まる前には大抵いなくなっていたものだが…。
そう言えばblakeの換毛期も長いなあ。
ずーっと毛が抜けては生え、抜けては生え、を繰り返していて終わりが見えない。
何から何まで想定外の出来事が続く。
旅立てツバメ。
おそらく秋は足早にやって来る。時期を逸すると南へ渡れなくなるぞ。
俺はワイルドの幸福の王子ではないし、お前も俺に何も頼まれてはいまい。
俺にもお前にも幸せな死は訪れはしないのだから。






我が家のツバメはまだ旅立たぬ (8/15)

どうしちゃったんだろう?
夏も終わるというのに飛び立たぬツバメ。
つくつく法師も鳴き出した。
夏休みの終わりを告げるセミ。
今年は少し早すぎる。
遅い巣立ち。
早足の秋。
不安ばかりが募る。



 ツバメ旅立つ(8/19)

昨日、玄関のドアを開けた途端、巣から2羽の子が飛び立ち、そのまま飛翔訓練に入った。
親ツバメは叱咤するように、あるいはエールを送るかのように声をあげその周りを飛ぶ。
時々、巣に戻ろうとするが僕がいるので逃げる。
まもなく電線の上に乗ることを覚え、blakeとの散歩から帰ったあとも訓練は続いていた。
その頃になると渡りを共にする仲間なのだろうか、たくさんのツバメたちが近くの電線に集まり、自分達の目の前で練習を繰り返す新入りに声援を送っている。
ツバメの旅立ち教習はこうして日暮れまで続いた。

さて、今朝である。
見上げた軒端はもぬけの殻。
さては昨日の演習は別れの挨拶を兼ねていたのか、と軒端を貸した人間の勝手な感傷…。
空は秋の色。
僕は洗濯を始めている。

2018年7月21日土曜日

人の褌で相撲

人の褌で相撲 7/29(日) かぜ博のお報せ

今回は他人の噂話だけを2時間喋ってみようと思います。
①西城秀樹は他のアイドルと何がどう違ったのか?
②『万引き家族』監督の是枝裕和と過ごしたあの夏
③文化放送『走れ!歌謡曲』連続50年放送の最初の一歩

果たして来し方を振り返るに足るテーマなのか、という疑問が残りますし、「人の褌で相撲を取る」というネタ切れ感の否めない「かぜ博」です。
そこで、それぞれの話題と僕とのつながりですが、
■西城君、一度だけラジオの台本を書きました。一曲だけ、作詞もしています。それだけ。
追悼のふりをした単なる話題便乗に違いありません。
■是枝君、なぜ『万引き家族』監督の、なのか? 是枝裕和監督、となぜ書かないのか?
監督としての是枝君を知らないからです。でも、ひと夏を過ごしたのは本当です。
あの是枝君は、なぜ今の是枝監督になったのでしょう? 多分、原因は僕です。
新キャラ「ヒールのかぜ」全開トークにならないか不安です。
■文化放送の人気深夜番組『走れ!歌謡曲』。その第一回から「日野自動車」一社提供で50年の長きにわたって放送されてきました。
その初代ADは僕。3年間続けました。
兼田みえ子、美川玲子、成田敦子、西条ゆり子、長野悦子、落合恵子、半年で降板の夏杏子といったお姉様達とふたりだけで走り抜ける2時間の生放送の裏側。
知っているのは今や僕だけ。
嘘だらけの『走れ』ムック本もバッサリ斬ってやります。

日時 2018年7月29日(日) 13時30分~15時30分(受付は13時より)
会場 日暮里プロモボックス! http://promo-box.jp/map.html(日暮里駅東口駅前)
料金 1500円
定員 40名(満席になり次第締め切らせていただきます)
企画・主催  K+(担当 津布久)

お申し込みは kazesan713@gmail.com までメールにて、お名前、ご連絡先
電話番号をご記入のうえお申し込みください。折り返しご連絡差し上げます。




2018年7月18日水曜日

コラアゲンはいごうまんLive

7月14日 於:高円寺パンディッド

14日はWAHAHA商店のスタンダップノンフィクション芸人、コラアゲンはいごうまん君のLive。
『50歳までにしておきたい10の事柄』。

①語り下ろし本の第2弾を出したい。
それには第1弾の売れ行きはどうだったのか、を調査しなければ、と街に乗り出すコラアゲン。
しかし、Amazonでは既に208円で売られ、book-offでは150円なら買ってくれる、と厳しい現実が。
古本屋ならどうか、と尋ねた古書店。需要がない、お笑いに興味はない、と言を左右にされ、それでもしつこく食い下がると、お笑いLiveに2回だけ行ったことがあることを知る。
その2回というのがWAHAHA本舗の全体公演を見ようとしたがチケット完売で見られず、仕方なく代わりに買ったOHOHO商会のLiveだったと言うのである。「もう1回は?」と訊くコラアゲンに店主は答える。「OHOHO。2回行ったの」「えっ、なんで? OHOHOってWAHAHAの2軍ですよ」「うん、OHOHOもだけど演出の喰始に興味があるの」
というまたとない展開。コラアゲンは喰始の出す指令によっていつも取材先を探す。「その調査結果を語り下ろしたのがこの本なんです」「じゃ、買う。店には置けないけど個人で買う。300円でいい?」
古本扱いされてから、過去最高高値の300円で取引成立するまでの一部始終を語って笑い泣きさせる1本目。

2本目は「執事喫茶で働いてみる」。
メイド喫茶があれば執事喫茶もある東京。
ネットで「執事募集中」の店を見つけ、書類を送るコラアゲン。写真の撮り方、書類の書き方、様々に気を遣い、面接に臨むコラアゲン。
いくつかの関門突破の末、研修に漕ぎ着けるまでに執事喫茶の仕組み、営業法など、様々な新知識に笑い、コラアゲンの研修における悪戦苦闘にもひと笑い。

しかし、この日、会場のクーラーが不調で満員の熱気と笑いに僕は多少呼吸困難に陥った。
多分、帰りの電車で頭が痛かったのは熱中症のせいかと思われた。

ともあれ休憩はさんでの3本目は「母と友達になる」。
認知症になった母は今、施設に入所中。
母の唯一の心残りは売れない芸人を続ける次男コラアゲンの将来。
母は記憶をどんどん失くして行く中で施設の人に訴える。
コラアゲンはいごうまんのステージが見たい!
施設の人は次男に言う。
「症状がどんどん進んでいます。とうとう架空のアイドルを頭の中に作り出してしまいました。その名をコラアゲンはいごうまん」
「ちゃうちゃう、それ僕です。息子です。僕、コラアゲンはいごうまんという芸人です」
こうして母と息子が一丸となり、施設の入所者を前にLiveを開くまでの感動の大爆笑ドキュメント。
息子とLiveの案を練るときお母さんの認知は少しも進まなかったという。

東京で今、一番面白いと言われるコラアゲンはいごうまんのLive。
僕ら「たむたむたいむ」Webの読者が知っているコラアゲン君は開演2週間前でさえチケットの半分が売れ残っていた芸人だが、その彼のLiveは今や2週間で完売となる有り様。
笑って泣かせる技術には磨きがかかり、取材の目配りにはこぼれがない。
芸歴30年。その半ば頃から見させてもらっている僕は時々感極まる。

まもなく始まる全国ツアー。各地で即完売となることを祈ってやまない♪



74歳の誕生日

根拠のない前向き精神

大勢の方からお祝いの言葉をいただいています。
ありがとうございます♪
少しずつお礼をさせていただいてますが間に合いません。
必ずお返事しますのでお許しください。

ところで、今も完治せずにいる難病ギランバレー症候群にかかったのは5年前の2013年69歳の時でした。
ちなみに僕のアンラッキーナンバーは【6】です。
2+0+1+3=【6】です。
6+9も=15
1+5=【6】です。
ここから病気は必然であったという答えを導き出すならの話ですが、逆に僕のラッキーナンバーは【2】です。
今年は?
2+0+1+8=11
1+1=【2】です。
そして、74歳になりました。
7+4=11
1+1=【2】です。
ということは今年はとびきりいい年になるはず、と言い出してもバチは当たりますまい。
ギランバレー症候群が10万人に1人の難病だというなら、今年(74歳)は10万人に1人の幸運に恵まれても良い年のはずです。
ンンン……。
あまり根拠がなさ過ぎますか?
そもそもラッキーナンバー【2】って誰が決めたン、という疑問も湧いてきますよね?
ま、それはそれとして、根拠の稀薄な、なのに意味もなく前向きな精神によって僕は今年を明るく歩み始めました♪
僕のこれからの一年を見守ってやってください。
もし、74歳にラッキーなことがあったら僕のこの占いは根拠のあるものとなり、余生は占い師として豊かに暮らせるはずです。
ポスト細木数子?
ウ~ン、悪くないかも♪
というわけで、また一年、よろしくお願い致します。

【注】ここからはあとからのつけ足しです。
ラッキーナンバーが【2】は生まれたのが1944年7月13日だから、でした。
1+9+4+4+7+1+3=29
2+9=11
1+1=【2】
という算出法だったと思います♪

清水ひとみ 昭和歌謡劇場

6月14日、15日、新宿ゴールデン街劇場で、清水ひとみ(WAHAHA本舗)の「ひとり芝居』に出させてもらった。
演出の喰始と幕間に昭和歌謡の話をするためなのだが、僕らは50年前、文化放送の深夜番組『走れ!歌謡曲』のADをやっていたのだ。
当時の話を織り交ぜながら、なのだが、出がふたりとも永さん創作集団だったことから、まあ、ほとんどのひとが知らない永六輔というひとの側面を語ることになってしまった。
ちょっとした僕のヒールな側面が出てしまったな。
(そこが一番受けちゃったのは計算違いだが)
ま、僕の新たな側面、と言ってもイイかもね。
第1回目だというのに、初日にはもう、10月の第 2 回公演も決まってた。
次回もどうぞよろしく。




Fade In


しばらく前(6/3)にこんな日記を書いていた。
だが、そのあと、実は6/18日以降5年続けた日記が途絶えた。
思っていたより大変な老老介護が今、僕の身にも起きている。


少しづつ状況に慣れて来ました。
当初は日課を犠牲にして実家に足を運んでいて、イライラもし、落ち込んでもいたのですが、長期戦になりそう、しかもほとんどの友人たちが経験した母の介護。
ですが、我が家は友人たちよりは遥かに有利な兄妹3人。なんとかうまくシフトを組めばどうにかなるべさ。
ま、長兄の俺が一番暇だから9時5時覚悟で毎日詰めてるんだけど、3週間が経ち、ようやく慣れてきた、というのが実情です。
95歳。農家の嫁で基礎体力があるため、救急車で運ばれては2~3日で帰ってくるのですが、救急車が必要なほど痛みがひどい時、誰もそばにいないのでは可哀想なので、これは仕方ないシフト。
でも、ウチの母、100歳までは生きるなあ、というのが実感。
んな訳でやっと気分的には余裕を取り戻し、FBにも静かに戻りたいと思います。

今後ともよろしくどうぞ♪

2018.6.3.記す

2018年3月19日月曜日


「人生はつらすぎる」

1987年5月2日、僕の愛したフランスの女性歌手ダリダはそう書き残して亡くなった。54歳だった。
1956年23歳でデビューした彼女のレコードは、日本では長いこと発売されなかった。デビュー曲でもある『バンビーノ』も、続くヒット『ゴンドリエ』も、アメリカン。ポップスのカバー『ラスト・ダンスは私に』も…。
彼女の所属するバークレー・レコードにはシャルル・アズナブールもいたが、日本のレコード会社と契約がなかったため、この大歌手もまた日本では紹介されることがなかった。
バークレーがやがて朝日ソノラマと契約し、野球解説者佐々木伸也さんのDJ番組『ソノラマ・ジョッキー』が始まったことで1962年ころからやっとラジオでダリダとアズナブールの名を知ることになるのだが、その頃のダリダはもうカバー専門の歌手と言ってもイイほどで、日本で大ヒットしたアラン・ドロンとのデュエット曲『あまい囁き』すらイタリアの人気歌手ミーナとアルベルト・ルーポのカバー・バージョンなのだ。
とは言っても、彼女のフランスにおける人気は疑いようもなく、ついにこの5月、『ダリダ~あまい囁き』という映画が日本でも公開になるらしい。
何故か恋人が次々に自殺してしまい、彼女もまた後追いを計っては生還してしまう人生だった。
「人生は辛すぎる」と彼女に言わせたその一生がどんな風に描かれるのか、公開を待ちたいと思う。

それに先駆けて3/25(日)の「かぜ耕士博覧会」では「映画になったスター達」を語ってみようと思う。

ピアニストエデイ・デューチンの恋を描いてラブ・ロマンスの傑作と言われる『愛情物語』。主題曲『トゥ・ラブ・アゲイン』が大ヒットした。
ジャズ・バンドの隆盛期を描いた『ベニー・グドマン物語』『グレン・ミラー物語』も名曲の数々が捨てがたい。

となるとジャズ歌手フランク・シナトラ関連映画も気になるが『ゴッド・ファーザー』に描かれたマフィアとのつながり程度のエピソードしか出ないかも知れない。
シナトラから女を紹介される度、律儀に全部寝ていたのが「JFK」ことケネディ大統領。
マフィアとの関係を疑われて慌ててシナトラと手を切ったため、ケネディ暗殺は最初シナトラの逆恨みによる犯行を疑われ、シナトラは容疑者のひとりだったほどだ。
ケネディ暗殺の全容に迫ろうと奮闘する男達を描いた『JFK』。
人気と評判の割には大統領としての実績はあまり残さなかったこの男を伝説の大統領とするため、静かに奔走する彼の妻を描いたのが『ジャッキー/ファーストレディ最後の使命』。
そのJFKに劣等感を抱き続けた大統領を本人とは似ても似つかぬ風貌のまま、堂々と演じきり、何故か本人になりきってしまったアンソニー・ホプキンスの名演が光る『ニクソン』。
『JFK』も『ニクソン』もアメリカを追い続ける監督オリバー・ストーンの秀作だが、大統領三部作に加えたい彼の傑作に『ブッシュ』もある。原題は『W.』。息子の方を描いていて捨てがたい面白さ。

ハリウッド帝国から小国モナコの王妃となったグレース・ケリー。
彼女もまた幸せな一生を送ったとは言いがたかった。
世紀の金髪美女をニコール・キッドマンが演じる『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』。
そのグレース・ケリーに嫁いだあとも映画出演の要請をし続けるしつこい監督アルフレッド・ヒッチコック監督。
金髪への異常なほどの執着と才能ある妻への嫌悪。ヒッチコッキアン達にそっぽを向かれた『ヒッチコック』。アンソニー・ホプキンスとヘレン・ミレンというイギリスの名優同士が夫婦を演じたこれまた面白映画。
けれど、ファースト・レディというならマドンナとアントニオ・バンデラスが魅せたアルゼンチンのペロン首相夫人『エビータ』も興味深い。

「ザ・ヴォイス」ことフランク・シナトラに自作を歌ってもらったことでただのアイドル小僧から大歌手になって行ったクロード・フランソワ。フランス映画最大の制作費をかけたという豪華一代記の主役は「フランスのプレスリー」ことジョニー・アリディのライバル。人気争いで常に二位に甘んじたアイドル「クロ・クロ」の誕生から死までを丁寧に、だが、エキセントリックに描いた大作『最後のマイ・ウェイ』はぜひ語りたい。

歌い手といえば自分の音痴を知らぬまま、カーネギーホールを満員にしてしまい、今でもyoutube上ではカーネギーホールのアーカイブの最高視聴者数を誇るフローレンス・ジェンキンスがいる。
『マダム・フローレンス 夢見るふたり』おかしくも哀しい実話で、同じ原作本から全く同じ物語を描いて先に公開してしまったのがフランス映画『偉大なるマルグリット』。
さて、どちらを語ろうか、まだ、決めかねている。
炭鉱夫の娘からカントリー歌手として大成功した女性ロレッタ・リンを描いた『歌え!ロレッタ、愛のために』。
ジークフェルド・フォーリーズの看板スターファニー・ブライスを描いた『ファニー・ガール』
何人かのスター達が全員ボブ・ディランに扮しケイト・ブランシェットがアカデミー賞に輝いた『アイム・ノット・ゼア』
雑誌『プレイボーイ』を創刊したフュー・ヘフナーは女達に愛されつつ亡くなったのに、後追いで『ハスラー』誌を創刊したラリー・フリントは市民に嫌われ、射撃され、下半身不随になった。ポルノ雑誌に命を賭けた曲者編集長の執念を描く『ラリー・フリント』も傑作。
映画界の大音楽家にしてゲイの作曲家コール・ポーターをゲイと知りつつ「ふたりだけの愛情生活が築けるはず」と寄り添った妻を描いた『五線譜のラブレター』。
『マック・ザ・ナイフ』(日本語題名「匕首マッキー」)の大ヒットで知られるボビー・ダーリンの生涯を俳優ケビン・スペイシーが監督・主演して見せたミュージカル『ビヨンド・ザ・シー 夢見るように歌えば』
黒人初のメジャー・リーガー、ジャッキー・ロビンソンの苦闘とそれを支えた監督を描いた『42』。本人が生存中に本人主演でつくられた『ジャッキー・ロビンソン物語』。
ちなみに「42」はメジャー・リーグ全チームで永久欠番。
野球なら球聖ベーブ・ルースを描いた『夢を生きた男 ベーブ』。
ゲーリック病の名の元となったルー・ゲーリック選手をケーリー・グラントが紳士に演じた『打撃王』も捨てがたい。

しかし、スポーツ選手ならモハメッド・アリか。ウィル・スミスが好演する『アリ』。
アカデミー賞ドキュメンタリー賞を獲得した『アリ かけがえのない日々』もある。

さて、今年のアカデミー賞女優部門を制したフランシス・マクドーマンドの演説に多くの女優達が賛同し拍手した。
アメリカ映画には女性がいない。映画の中にも、スタッフにも、と。
しかし、その問題をすでに2002年に女優のロザンナ・アークエットがドキュメントとして仕上げている。『デブラ・ウィンガーを探して』。
デブラは『愛と青春の旅立ち』のころ、絶好調。アカデミー賞に最も近い女優と言われたが、突然、仕事がなくなり、スクリーンから消えた。
40代の女優にはなぜ、役がないのか?
ロザンナはテレビや映画で活躍する女優仲間数十人にインタビューを試みる。
「なぜ?」「何故ポーラ・プランティスは消えなきゃならないの?」

これはハリウッドがずっと抱えている問題。
美人女優としてオスカーも獲得し、ペプシ・コーラの副社長でもあったジョーン・クロフォードは余りに仕事がないので自分に合った役を探す内、『何がジェーンに起こったか』という原作に辿り着く。
これをヒットに結びつけるには美人の老婆だけではダメ。演技派の名女優ベティ・デイビスが必要だわ。
この映画は目論見通り大ヒットしたが盛りを過ぎた婆あ女優を待っていたのは「ホラー女優」の肩書きだけだった。
しかも、アカデミー賞の候補になったのはベティ・デイビスだった。
舞台出のベティ。酒場上がりのジョーン。
実力と美貌を持った大女優の壊れた私生活をフェイ・ダナウェイが見事に演じきり、しかし、ゴールデン・ラズベリー賞(最低女優賞)しか授賞しなかった『愛と憎しみの伝説』。
あと5日でドレを語るか決めなくちゃ。

さて、こんなこと今頃言ってるのはお客さんの数が少ないからなんです。
時間と精神的余裕がありましたら、是非ともおいで下さいな。

日時 2018年3月25日(日) 13時30分~15時30分   (受付は13時より)
会場 日暮里プロモボックス!
   http://promo-box.jp/map.html
  (日暮里駅東口駅前)
料金 1500円
定員 40名
企画・主催 K+(担当 津布久)

*映画の上映はございません。
お申し込みは kazesan713@gmail.com までメールにて、お名前、ご連絡先、電話番号をご記入のうえお申し込みください。折り返しご連絡差し上げます。