2016年6月26日日曜日

6/26(日) コラアゲン君来宅


「FB欠席届け」を書いたばかりなのに、禁を破ります。すみません。
今日、コラアゲンはいごうまん君が我が家にやって来てくれた。
ひと月前に発売になった
『コレ、嘘みたいやけど、全部ホンマの話やねん』(幻冬舎 ¥1,400+税)
のサイン本を届けに来てくれたのだ。
僕のFBでの投稿を見てくれた人、webサイトに集ってくれる人たちにはかなりご協力いただいたが、売れ行き目標6,000部にはまだまだだという。
来月には『6,000行かなきゃ残部買い取り』というライブが予定されているそうで「厳しいですワ」と。
病院代に老後のための預金すべてを使い切ってしまった今の僕には何の助けの手も差し延べてやれないのだが、せめてライブの盛況を祈ろう。
ライブの日程その他は「WAHAHA本舗」で検索をお願いしたい。
ま、今日の来宅は近況報告を兼ねてのもので、そんな不景気な話ばかりではなかった。
実はコラアゲン君、結婚をした。
で、「結婚届」の保証人として判が欲しい、というのがホントの用事だった。
ま、断る何の理由もないばかりか、僕は心底喜んで捺させていただいた。
本が出たことで月1ながら文化放送でのレギュラーが決まったという。
吉田照美さんの番組の1コーナーだという。
吉田さんは、文化放送では、桂竜也さん、長野悦子さん、落合恵子さん、に続いて僕のお気に入りに加わった数少ないお人なので、僕はとっても嬉しい。
そんなわけで、こっちも放送枠を検索していただけると幸いです。
欠席中なので手抜きばかりでキチンとした情報になってなくてスミマセン。
コラアゲン君の本を面白いと思ってくださった方は、彼のライブにも足をお運びくださると嬉しいです。
今夜のテレビの楽しみは、コレまたお気に入りのえとう窓口(Wエンジン)くんの『Before/After』。250万で買った千葉の一戸建て。残る150万でどうリホームされるんでしょう?
『Bfore/After』が生み出したリフォーム・タレントとしてユージ君と双璧の好感度をもつえとう君の家が住み心地満点になればイイなあと心から願いつつ♪
写真はコラアゲン君とblake。
そしてサイン本。



2016年6月25日土曜日

本日(6/25)放送の『どこかでラジオが』


(FM HOT 839にて23:00-23:59)

1984年に仕事をすべてTVにスライドさせたんですが業界に詳しい人から「そんなに簡単にテレビマンユニオンみたいな大きな会社にコネって出来ます?」というメッセージが届きました。
なるほどね~!
Web中心に番組を展開していた時とは比べ物にならないほど突っ込みも詳しさを要求してきます。
で、今日はTVの階段をどう登っていったかの話をしています。
ビートたけし、永島敏行主演ドラマの第1稿だけ書かされたこと。高橋昌男作『音無川絵図』の脚色をしたこと。
『遠くへ行きたい』の演出に映画監督が何人か入っていたこと。
『コーラスライン』の訳詞をやらせて欲しいと浅利慶太さんに売り込んだ経験がテレビに入ってから生きること。
無駄になっていたはずのことがひとつひとつ結晶し始めたのがこの頃です。
無駄にならなかったのは運以外の何物でもなかったような気がします。
曲は
①「愛と青春の旅だち」(ジョー・コッカー&ジェニファ・ウォーンズ)
①「ライク・ヴァージン」(マドンナ)
FMさがみ(FM HOT 839と改称)は、パソコンならサイマルラジオでお聴きください。
スマホではリッスンラジオ、 i-コミュラジオ、TuneIn Radioなどの無料アプリがあります。
これら専用のアプリは一度ダウンロードしておけば、いつでもラジオが聴けます。
僕の使い勝手ではTuneIn Radioがベストだったのですが、このところ調子が悪くリッスンラジオに助けられています。
ご自分のスマホと相性のいいアプリを試しておいていただくとありがたいです。

2016年6月11日土曜日

6/11(土) 本日の『どこかでラジオが』


(FM HOT 839にて 23:00~23:59)

「かぜ耕士の昭和史」は1985(昭和60)年。
この年、音楽界では大きなうねりが生まれようとしていました。
「Rockなんて一時的な流行りもの。ただうるさいだけの音楽など世の害毒。早晩の内に消えるがイイさ」
そう言われて30年。
Rockはついにひとつのたしかな実を結ぼうとしていました。
その立役者がハリー・ベラフォンテ。
カリプソ・ソング『バナナ・ボート』で知られ、役者、慈善活動家としても知られるハリー。
彼は早い時期に歌を捨て、投獄されたキング牧師を保釈させるため、保釈金全額を立て替え、政治活動家としての側面を強くしていました。
前年、エチオピアの飢餓が報じられると彼の胸は泡立ちました。
84年暮れ、イギリスとアイルランドの人気者たちが立ち上げたチャリティプロジェクト「バンドエイド」が成功をおさめると、ハリーはもう、いてもたってもいられませんでした。
彼はアフリカン-アメリカンのアーチスト中心に呼び掛けを始めます。
クインシー・ジョーンズ、ライオネル・リッチー、マイケル・ジャクソン、ダイアナ・ロス…。
その輪はブルース・スプリングスティーン、ボブ・ディラン、ヒューイ・ルイス、シンディ・ローパーなど人種や歌のジャンルの壁も越えて行きました。
1985年1月28日、チャート誌上位に名を連ねる人気アーチストが最も沢山一同に集う日『アメリカン・ミュージック・アワード』の授章式直後を狙ってこの作戦は実行されました。
USA for AFRICA。総勢45人の歌手による『We are the world』の吹き込みです。
後に録音風景のドキュメントがDVD化され、真摯な吹き込み風景だけで見る人の、聞く人の心を打った一大イベントはやがてコンサート、レコードセールス、グッズ販売などで成果をあきらかなものとし、派生した農業従事者を救うチャリティ「ファームエイド」などは、その後も現在まで継続し、日本でも行われている。
イギリスのバンド「ブームタウンラッツ」のボブ・ゲルドフが立ち上げた「バンドエイド」は貧民救済の要がある度、その時点での人気者たちで
「Do they know its Christmas?」を吹き込んではチャリティを続け、
ハリーたちの「We are the world」もその都度、オリジナル版の記念盤をリリースし直して活動を存続させている。
その話だけで1時間。
熊本大分地震の際、チャリティにケチつける輩になんか言いたくて、年代もちょうどおさまりが良かったのでこの特集を組んでみました。
聴いて欲しいです!
曲は
①ハリー・ベラフォンテ『バナナボート』
②USA for AFRICA『We are the world』
③バンドエイド『Do they know its Christmas?』
ちなみに『黒柳徹子のユニセフ報告/エチオピア』は84年9月に放送され反響を呼びました。
のちにこの番組に関わることになったことを僕は誇りにしています。
FMさがみ(FM HOT 839と改称)は、パソコンならサイマルラジオでお聴きください。
スマホではリッスンラジオ、 i-コミュラジオ、TuneIn Radioなどの無料アプリがあります。
これら専用のアプリは一度ダウンロードしておけば、いつでもラジオが聴けます。
僕の使い勝手ではTuneIn Radioがベストだったのですが、このところ調子が悪くリッスンラジオに助けられています。
ご自分のスマホと相性のいいアプリを試しておいていただくとありがたいです。

写真はこの番組を隔週で担当しているkuro-sanこと黒瀬守泰君と録音帰りに久しぶりに寄った池袋東武のとんかつ「和幸」のロースカツ定食



2016年5月28日土曜日

本日(5/28)放送の『どこかでラジオが』

(FM HOT 839にて23:00-0:00)
 
「かぜ耕士の昭和史」は1985(昭和60年)のまとめ。

事件は日航機の墜落に止めをさすでしょう。
私的には父の死でしたが…。
この事件でめざましい売れ行きにストップがかかってしまった曲が
①曲目にかける
 中村あゆみ『翼の折れたエンジェル』
 オリコン最高位4位。40万枚でしたが、もっと売れてもいいはずの名曲でした。
眉の太描きメイクが流行ったのもこの年。石原真理子さんを思い出しました。
映画では「007」シリーズ第14作目の『美しき獲物たち』(監督:ジョン・グレン)が興行成績5位に入っていますが、これがロジャー・ムーア版ボンドの最終作。
ボンド・ガールのひとりに日本人のモデル鳥貝益也子が出演しています。
近年になって彼女は『結婚詐欺』で刑事事件の容疑者となるのですが、その時の新聞に「自称ボンドガール」と書かれていましたし、ネット辞典などでも全然目立たなかったと言っているので一言苦言を呈しました。
彼女はTVでわざわざ「ボンドガール・コンテスト」を開いて選ばれた歴としたボンドガール。そのちょっと前に「ミス日本」にも選ばれたパーフェクトな美人で、映画でもボンドと2ショットシーンがあってシッカリ目立っています。書く人は見てから書いてやって。
9位の『アマデウス』はアカデミー賞総ナメの傑作でしたが、オーストリアでこの作品に影響を受けて作られた傑作ポップスがあります。
85年中にヨーロッパ各国でナンバー1ヒットになると余勢をかってアメリカにも上陸。瞬く間に「ビルボード」誌でも1位を獲得してしまいました。
それが②曲目に掛ける『ロック・ミー・アマデウス』(ファルコ)。
ドイツ語で歌われていますが、英語圏以外のナンバー1ヒットは20世紀ではイタリア語の「ボラーレ』(ドメニコ・モドューニョ)日本語の『上を向いて歩こう(スキヤキ)』(坂本九)、ベルギーのヒット曲でフランス語で歌われた『ドミニク』(シンギング・ナン)、そしてこの『ロック・ミー・アマデウス』(ファルコ)、スペイン語の『リヴン・ラ・ビダ・ロッカ』(リッキー・マーチン)くらいしかないのじゃなかったかなあ。大偉業です。
僕は80年代、90年代は音楽のニューヒットには疎く、コレも今回初めて知ったのですが、モーツァルトをロック・アイドルに見立てた他愛もない歌とはいえ、当時、世界でまだそれほど浸透していなかったヒップホップ系のラップで歌っているのも新鮮で僕はなんだか愛らしく感じてしまいました。
ちなみに日本では最高位57位。ラップの大ヒットはMCハマーの登場を待つことになります。
どうぞお楽しみに。
 

2016年5月14日土曜日

5/14(土)の『どこかでラジオが』

(FM HOT 839にて 23:00~23:59)
「かぜ耕士の昭和史」は1985年(昭和60年)とそのまとめに入りました。
僕は前年の忙しさとは真逆の、10月まで仕事なし、という状態になるんですけど、企画書書きで忙しく、合間に末期に入った父親のために病院に詰めっ切りになります。
で、さしたる話題もなく、1984~5年を振り返ることになるんですが、世は演劇ブーム。
前々年『蒲田行進曲』(82)が映画化されて大当たりしたように、この年も『上海バンスキング』(84)が深作欣二監督で興行収入ベスト10入り。
日本人の平均寿命は世界一へ。
ちなみに戦争直後の日本人の寿命は50歳そこそこでした。
チェッカーズ『ギザギザハートの子守唄』を掛けようと思ったら、作曲の芹澤廣明について「NHKの『ステージ101』という番組で歌っていたらしい」とか「歌手だったという説もある」とかヒット曲を連発した作曲家にしてはあまりにお粗末なネット情報しか出てこないので、ちょっと詳しく話しました。
で、曲は
①『ギザギザハートの子守唄』(チェッカーズ)
②『悲しき60歳』(坂本九)

2016年4月30日土曜日

4/30(土) 本日の『どこかでラジオが』

(FM HOT 839 23:00-0:00)
「かぜ耕士の昭和史」は1984~85(昭和59~60)年。
僕は仕事場をテレビに移して本格始動し始めます。
初めての仕事は84年3月4日放送TBS『日立テレビシティ』での「ハリウッド・シンデレラ物語」。
放送日決定にはこの冬行われたサラエボ冬季五輪のスピードスケート黒岩彰選手の結果が大きく影響していましたが惨敗。優勝すら期待されていたのに結果10位だったので五輪熱が残っている内に放送を、ということで僕のテレビデビューは1週遅れることとなりました。
五輪後、旧ユーゴスラビアは内戦という名の民族紛争に突入。
国は四分五裂して五輪会場は見るも無惨に傾き、そのまま放置。
僕は後に黒柳さんのユニセフ報告に携わったことから、その惨状画面にナレーションをつけることになります。
幸い、映画『フラッシュダンス』の主人公の吹き替えをつとめたダンサー物語は僕の不満とは逆に業界的には好評でした。放送直後にはレギュラー2本と単発のドキュメントが次々に決まり僕は一躍大忙しの放送作家になっていました。
でも、かぜさん、ラジオであんなに売れてて、他から仕事は来なかったの?という疑問が前回の放送のあと、届きましたので、それにも答えました。
松田優作主演『死亡遊戯』(東映セントラル)の主役の相棒役、『人間の條件』(フジテレビ)の丹下一等兵、『高知シコシコ節』(仮題、にっかつ)の焼き鳥屋の青年(主人公の相手役だったそうです)など、映像の仕事が来ていましたが、すべてお断りすることになりました。
まあ、それが今回の白眉となりましょうか?
役者を目指していた僕が、なぜ、その道を捨てたのか、について語ります。
曲は
①『マン・ハント』(カレン・カモン)
②『レッツ・ヒア・ボーイ』(デニース・ウイリアムス)
③『ウキウキ・ウェイク・ミ-・アップ』(ワム!)
FMさがみ(FM HOT 839と改称)は、パソコンならサイマルラジオでお聴きください。
スマホではリッスンラジオ、 i-コミュラジオ、TuneIn Radioなどの無料アプリがあります。
これら専用のアプリは一度ダウンロードしておけば、いつでもラジオが聴けます。
僕の使い勝手ではTuneIn Radioがベストだったのですが、このところ調子が悪くリッスンラジオに助けられています。
ご自分のスマホと相性のいいアプリを試しておいていただくとありがたいです。

2016年4月11日月曜日

4/10(土) お花見


去年に引き続き花見の会を催させてもらいました。
今年はblakeとの散歩で花の咲き始めから観察していたので、是非、沢山の方にこの桜堤を見て欲しいと思いました。
というのも僕は自分の生まれたこの里を愛していませんでした。
中学一年の時に僕だけこの地を離れ、それも家庭的な問題からでしたからなおさら愛着を持ちませんでした。
けれど、7年前、53年ぶりに戻ってから、徐々に心が溶け出すのを感じぬわけに行かなくなりました。
我が里は緑なりき。
それなりに美しいではないか♪
去年、1年2ヶ月のリハビリを経てやっとひとりで電車の乗り降りが出来るようになったのを機に景気づけのお花見を企画しました。
その好評に後押しされての第2回の花見企画でしたが、今年の我が里は皆さんに自慢出来るかもしれない、と思いました。
絶好の花見日和は僕の検査入院で逃してしまったのですが、少し花びらが風に乗り始めた今日の風情の方がなんだか心地よいと思いました。
おそらくはお集まりくださった皆さんによって心地よさが増幅されたのは間違いないのですがサイトからの方がハンドルネーム、Facebookからの方が本名での自己紹介、という始まりからして面白い展開だな、と僕はウキウキしてしまいました。
皆さんが投稿してくださった写真で今日の楽しさは充分伝わるものと思います。
ご参加いただけなかった皆さんにはそちらでお楽しみいただけると嬉しいです。
写真は竹内尉さんが撮ってくれたものをFBから転載させていただきました。

アルパを弾いてくれてるのは数少ない女性奏者の藤枝貴子さんと演奏者仲間でパラグアイ出身の Nelson Suzukiさん。23歳。
なんとNelson君は我が家のすぐ近くにお住まいでした。
早速、友達になりました。これからが楽しみな人です。
帰り際、顔馴染みのメンバーが家に寄ってくれましたので、しばしの歓談後、「うどん九兵衛屋」へ。
ここには「しゃぶしゃぶ食べ放題」というメニューがあって僕は割合好きです。
今日お出でくださった皆さんに改めて御礼申し上げます。そして津布久さん、金田さん、菅谷先生、今年もお世話になりました。
ありがとう♪