2010年8月28日土曜日

8月のセレクト

今月は番組でも読ませて貰ったのですが、皆さんにも一度お読みいただきたいと思ってこちらでも紹介させていただきます。
優しい心を持つ人ほど傷ついてしまうという好例ですが、皆さんの家庭でもこんなことが増えてきてはいませんか?
さいわい、今の僕ン家には起きていないんだけど(かつての家庭にはあった)、親を諫めて、諫めた自分の方が辛くなってしまうようになった時は、自分の方が親になった気分で彼らに接してやらなければならない時が来たんだなぁ、とうとう親を超えてしまったんだなぁ、と思うと我が身をうんと責めなくてもすむような気がするんだけどどうでしょうねぇ?

今月最も感じ入った一通です。

かぜさんこんにちは、あまりに暑すぎた夏でしたけどようやく終わりが近づいてきましたね。お元気にお過ごしのこととご推察致します。
かぜさんは甲子園の高校野球はご覧になりましたか?
今年は神奈川代表の東海相模高校が35年ぶりに決勝戦に出場しましたが、残念ながら決勝戦では13対1という大差で負けてしまいました。
え~~、この件につきまして親父と喧嘩をしてしまいましたのでご報告いたします。
話の発端は、その決勝戦。
それまでサイドハンドからの剛速球でチームを決勝戦まで導いてきた東海大相模高校のエース一二三(ひふみ)が、突然乱れて、沖縄代表の興南高校に大量得点を取られてしまった時の事です。
それをテレビで観ていた父が、
「まったく、しょうがねえなぁ。」
「おらおらおらおら、三塁回って、もう一点入るわ。」
「なにやってんだよ?このバカ」
と、打たれた一二三投手を愚弄するような言葉を言うのです。
「もう駄目だ、こいつは!」
「まったく、最低な試合だな。」
「どうしようもないバカだな。」
と、親父がそこまで言ったところで、私もつい大きな声を出してしまいました。
「『バカ』なんか言うなら、テレビ見なきゃいいだろ。」
そう言うと、親父の手元にあったリモコンをひったくって、テレビを消してしまいました。
親父があまりに口汚く非難するのが聞いていられなかったのです。
私も大人げないとは思いましたが、うちの親父が、口汚く非難するのは今に始まった事ではないのです。
親父は今までも、母に対しても私達兄弟に対しても、親戚に対しても、聞くに堪えないような汚い言葉を使って非難する事が度々ありました。
兄が交通事故を起こした時も、私が大学受験に失敗した時も、人格を否定する様な蔑視語を使って非難してきました。
今は、テレビのニュースやスポーツ中継を見ても、差別用語をたっぷり使って文句を言っています。
親父は、つまりは他人を非難することで、自分を高見に置いて優越感を感じているのです。
私はそんな親父に対する不満が生れてからずっと持っていたことと、ぶり返した今日の暑さも手伝って、ついにキレてしまったのです。
ただし、喧嘩にはなりませんでした。親父は、親に叱られた子供のようにしゅんとなって、居間に行ってしまいました。私は、こんどはキレてしまった自分が恥ずかしくなってしまいました。
かぜさん、子供を叱るのも嫌なものですけど、親を叱るっていうのも、凄く嫌なもんですね。・・・・しかもこんなくだらないことで。
今は私が大きく反省しています。
あなぐま

10 件のコメント:

むつらぼし さんのコメント...

私の場合、精神的にまだ親を超えられていないんでしょうね。
母の言動に頭にも来るしイライラもします。そのイライラが私の子供っぽい我侭から来てるってことも自分でわかってるんです。でも超えられない・・。
自分が親になったように・・って親が親であるうちは無理かなぁ。親を包みこめる大きな気持ちでいなきゃだめですよね。
親って大きいからなあ。。なんだか修行はつづく感じです。

LIMIT さんのコメント...

こんばんは。

同じ甲子園をTV観戦して、こうも違う内容のお便りをかぜさんに送っていたのだな…と、ちょっと感動。(何に感動??)

連日の連投に「甲子園だけでもピンポイントで雨が三日くらい降らないかな」とどこかでつぶやいていたあなぐまさんの優しさと、あくまでもショーを楽しむ姿全開のお父様。

親を叱る…。叱るのは誰に対しても後で「言い過ぎたかな」等と自責の念がわきますが、親に対してだとことさらですよね。でも「言える」というのは自分の発言に自信があるということ。あなぐまさんは、お父様の話の聴き上手な良い面等も何度もブログに書かれています。ですからけっして蔑んだ発言ではない、あなぐまさんの正義感の爆発と自己嫌悪の念が素直に優しく伝わってきます。きっとお父様もそのように感じていらっしゃるのではないかしら。

かぜさんもラジオでおっしゃっていましたが、「さっきはごめんね。」の一言で、きっとまたいつもの風景に戻れると思うのです。また何かの番組を観て「こいつバカだなぁ!」と発言してしまうお父様に戻るかもしれませんが、その発言回数や声のトーンなどに、ちょっこしあなぐまさん効果が現れてくるとも思うのですけれどね。

なんて偉そうなこと書いていますが、自分の実家の親の話を書けば、親に口を出すなんて全くとんでもない!な世界です。未だに… 素直にあなぐまさんの言葉にシュンとするお父様が、とても愛おしい感じです。

あなぐま さんのコメント...

こんばんは、
「今月のセレクト」に選んでいただき感謝いたします。昼間はずっと顔を突き合わせている父と私にとって、日常のどおってことない事ですが、それだけに自分の心にグサっと来たので(どういう表現?)書いてみました。
もちろん、グサっと来たのは父の方が大きいとは思うのですが、、、、

皆様から色々御意見を頂戴しますがこの問題の根底には地の繋がりというものがると思います。
私は老人が多い下町で暮らし、外を歩いて顔見知りの老人に会えば、
「どう、元気?暑いから気を付けてね。」
と声を掛けるのが当たり前の生活を送っています。ですから他人の老人がテレビや新聞の事象に口汚く罵っても別に気にはしないのです。
「おじさん、そんな事言っちゃダメだよ。」
と気軽に笑いながら言えるのですが、父に対しては無性に腹が立ったのです。

自分と血が繋がっているから、
自分の中にも父の性格の一部があるから、
だから自分の嫌な部分を見ているようで、
自分に腹が立つような気持ちで、どうしようもなく父に怒ってしまったのだと思います。

まあ、とにかく私が大人げなかった、
反省の日々です。

LIMITさん、母校の附属高校が甲子園出場でしたからさぞや嬉しかったでしょう。私にとっても同期で同郷のスーパースター原クンのいた学校が活躍して嬉しかったです。
それをコケにされたからかな?
どちらにしても大人げない行動でした。

WILL さんのコメント...

cafeの方にも書きましたが、
自分は父に一度目は14歳の、2度目は29歳の時
きつく意見したことがあります。

当時の父は39歳、そして54歳でした。
いずれも老いては子にしたがえのはるか前の頃でした。

14歳の頃は何故だか涙を流しながら彼に訴え、
29歳の頃は居丈高な態度であったかもしれません。
意見した内容は
今思い返しても正しかったと思うのですが、
意見された父を慮ったかといえば、
まったくそうしていなかったとも思います。

釧路に来て以来、
4年に一度会うか会わないかだった父。
久しぶりに会った息子にきつく意見された父。

29歳の秋に、「さっきはごめんね」の一言が言えて
いたら、その一言がその後自分たちの父子の...と思うと悔やんでも悔やみきれません。

mm さんのコメント...

私も一度だけ、父を叱ったことがあります。
それもたたいたんです。

母が亡くなって私が受験で上京したため、
まわりの人が見かねてお世話をしてくだったお見合いで再婚した父。
教員だったためか生来の性格なのか、世間知らずのうえ
身の回りのことができない人でした。

10年くらい前、その父が70才近くになった頃義母から体の具合が悪いのに病院へ行かないで困る、という電話をもらい急遽帰りました。

父はまるでだだっこの様に「自分の体だ。どうなろうと勝手だ」と言っていうことをききませんでした。
入院すると大好きなお酒が飲めなくなるかも、というのが嫌なようでした。

その時、思わずたたいてしまいました。
言葉にできず、感情をぶつけてしまったのです。
父も義母も、親にむかってなんてことする、と一瞬怒りましたが、次の日一緒に病院へ行ってくれました。

帰り際、父の方が「すまなかった」と言ってくれたのに、私は謝ることができませんでした。

その父も8年前に他界してしまい、後悔とも思い出とも言える形で私の中に残っています。

怒りを感じたり喧嘩するのは、お互い甘えていられる存在だからなのかな、とも思います。

長々とすみませんでした。

むつらぼし さんのコメント...

>怒りを感じたり喧嘩するのは、お互い甘えていられる存在だからなのかな、とも思います。

mmさんの言われるとおりだと思います。
それを素直に表せばいいんですよね。そして素直に謝れる関係が理想的だと。。

私の母が、そのまた母(私の祖母)にそれが出来たのは、祖母が90歳近くなった頃らしいです。
素直に自然に「さっきはごめんね」が言えた時、祖母はもう、「なんのこと・・?」とトボケたんだかボケちゃってたんだか、の状態だったそうです。
良かったんだか遅かったんだか・・・(笑)。

LIMIT さんのコメント...

> 怒りを感じたり喧嘩するのは、お互い甘えていられる存在だからなのかな、とも思います。

私もmmさんの言葉に頷いてしまいます。そして、それができない私… 

「さっきはごめんね。」が言えるような間柄の親子になりたかったです。約40年前に新しい親子(母子)になったとき…

語ると長くなりそうなので、ここではこの辺で。

あくび さんのコメント...

思っていることは、全然伝わらない。
口に出して、言葉にしないとダメなのに、
親しい間柄こそ、できない、っていうのは
やっぱり甘えているからなのかな。

でも、親子にも相性のようなものがあると思うので
そこはちょっと、あきらめているかも。

えり さんのコメント...

私にとって親ってなんだったのか?
長い間、親の存在を憎んでいました。
兄が22年間精神科に入院した原因。それは親の愛情不足が原因と当時の担当医は断言しました。自分も3人の親になり上の子は今年23歳になります。自分が親になっても、自分の親がしてきた行動は未だに理解が出来ず私自身苦しんでます。でも、相手がこの世に生きていればこそ。老いて介護施設で痴呆の彼に何も言えず、黙って笑って面会終了です。
そんな父も80歳。時が流れていますね。

あなぐま さんのコメント...

「えりさん」へ、
こんにちは、元の投稿を送ったハンドルネーム=あなぐまと申します。
店主のかぜさんの許可無しにコメントへのコメントは申しわけないとは思いましたが、えりさんに心を近づけたくてコメントさせて下さい。

私の父は世間的に言っても子煩悩だったと思います、それゆえ私の甘えと遠慮の無さが、今回のつまらないいざこざに発展したのだと思って反省しております。
えりさんは御苦労なさったのですね、心情お察しいたします。
私の知り合いでも精神学的な意味で「アダルトチルドレン」と診断された友人がおりまして、多くは幼少期の親からの愛情不足が原因と訊いております。『親は子供に愛情を注ぐのが当然』という事が必ずしも言えない事も知っています。

私も20と22歳の子供がおりまして、子煩悩だった親を見習って子供の事を第一に育ててきました。
えりさんは、きっと親御さんを反面教師として、お子様を立派にお育てになられた事とお察しいたします。

この場所で当然の事を言っても仕方ないのですが、幾つになっても親の影響から離れられないのも事実ではありますが、結局のところ自分自信がしっかりしなければいけない、と言うのも真理です。
世間の常識や、行動の合理的な結果を考えて
、先を見誤らずに生きて行きたいと思います。

色々と考えさせていただきました。ありがとうございます。