2009年1月2日金曜日

私が生まれて育ったところ

野路由紀子の歌である。
1970 年頃、文化放送『走れ!歌謡曲』のADをしていてよく掛けた。

彼女の歌ったふるさとは「港のある町」だったが、私のふるさとは関東の海ナシ県の一つで山がちな村だ。中学一年の春、この村を去って以来、およそ縁のないふるさとだった。
「家庭縁」そのものが薄かったのだろうと思う。

ワケあって、その村に昨年10月、戻ってきた。
目下は安普請のアパート住まいをしている。なのですきま風がどこからか忍び込んでくる。
寒い。僕の身体には良い環境とは言い難いのだが、とにかく色んなコトを犠牲にして家族の近くに住むことにしたのだ。
どこかで「死ぬ準備」をしているような気もしている。だが、絶望的な気分はまだこれっぽっちもない。
ただ、これでイイのだ、という気はしている。

永らく住んでいなかったこの町は、ひどく使い勝手の悪い町になっていた。
僕のアパートは駅のすぐそばにあるのだが、駅の周りには商店街というモノがない。
多分、マイカー通勤が一般的になって、電車の利用客が減ったために、駅前商店街の存在理由が無くなったのだろう。
東京から近いとは言えない。
通勤帰りに夕食のための何かを買って帰るにはみんな帰宅時間が遅くなりすぎて、もともと、商店街そのものが盛っていなかった、という理由もある気がする。
夜になると駅前は真っ暗で、僕のアパートまではわずか3分だというのに歩道脇には街灯というモノがない。民家もまばらなので頼りにすべき灯りがない。
…そういう町。

大型量販店、スーパー、コンビニ、ファミレスの類は、昔、実家の田んぼがあった辺りに作られていて、ファミレスに至っては3~4店が半径100メートルくらいに密集していて、潰れるどころか、妙に客が入っている。

首都圏郊外の典型的な田舎町の作りになっている。
車で移動する人たちにとってはこういう町が便利なのだろう。

現金収入のなかった農家の人たちは、他人の作ったご飯を食べることこそが贅沢の象徴だから、好んでファミレスに集まる。
僕が実家を訪れるとごちそうを振る舞ってくれる感じでみんなでファミレスに行く。
行くと、大抵何家族かの顔見知りが客の中にいて、僕も頭を下げさせられる。
僕の町は平安時代からある古い村なので、今や商売なんかしている家はないのだが、屋号やその家が建っていた場所、あるいは大昔の地位で呼び合う。
「田中んチ」「畑中んチ」「紺屋んチ」「酒屋んチ」「鍛冶屋んチ」「機屋んチ」「谷津んチ」「峰んチ」…。
我が家は今でも「庄屋んチ」である。
勿論、その屋号に聞き覚えはあるのだが、もはや顔に見覚えがないので、僕にはそのつきあいが厄介で堪らない。
だが、母親が長い時間の中で築き育んだ関係を壊す訳には行かないので、精一杯の作り笑顔で挨拶を返す。

当初、我慢を覚悟したのはテレビの受信状態が良くないことだった。
僕の実家では超大型テレビがあるのに地上デジタル放送が受信できない。
アナログ放送もテレビ朝日とテレビ東京がおそろしく見難い。
今時、難視聴地域なんて大笑いだが、これで本当にデジタル化に突入する気なんだろうか? 多分、無理だと思う。

いやー、これには困ったね。テレビの仕事をしていてテレビが見られない地域に住んでるなんて笑えないベサ。
まあ、運の良いことに僕のアパートはナンとか受信できるようになったのだが、その環境を整えるのに2ヶ月かかった。
泣きたかったのはCS放送だ。
スカパーから人に来て貰って受信状態をチェックした貰ったら、どうアンテナを立てても凄く条件が悪いという。
僕はこのアパートに借りるにあたって約束した半年間の居住期限が過ぎたら、もう一度引越を敢行するつもりで、一旦はすべてを諦めかけた。

そしたら阿鬼羅君は「フレッツ光TVやケーブルTVやネットでスカバーを調べましたか?」
さとなおさんは「ダメですよ、TVライフを捨てちゃっちゃ。見られないなら別の場所に越すとか東京に戻ること考えなくちゃ」と忠告を…。

そうだよな。年を取るに従って、こうやって物分かり良く、少しずつ色んなコトを我慢し、諦めて、なるべくストレスの少ない人生に入っていこうとするんだよな。

そんなのオレらしくないべサ!

そこで、関係各方面に電話し始めた訳だが、「フレッツでスカパー」とケーブルは「サービスエリア外」。
サービス予定もネエそうだ。
「ひかりTV」は加入させたいんだかさせたくないんだか、妙に気のない応対。
おまけにこの辺の電気店はもう、否応なくデジタル対応に迫られるまで、顧客の新規開拓をする気なんて全くないらしく、アンテナをとにかく設置して貰いたい、と頼むとけんもほろろに受話器を置かれてしまう。
とにかく大した金にもならぬ面倒なことはしたくないらしいのだ。
そこで考えたのは遠くの電気店から出張してきて貰うコトだった。

このアパートに入って3日後に来てくれてBSケーブルを繋いでくれた青年は引越会社の下請け電気店の店員で埼玉の入り口とも言える川口から来てくれたのだが、とてもちゃんとしていた。
その彼にもう一度頼もうとしたのだが、今日から10日後くらいにしか行けないというのだね。
その声に煩わしさを厭う感じがちょっと混じっていたので、即座に諦めた。
この町と近すぎないくらいには遠い町の店。
遠くから来た人は無一文で帰るよりは多少の無理を聞いても仕事にして帰ろうとするはずだ。
そういう電気屋さんしか、この面倒に関わってくれない。僕はそう読んだ。

そんな店を探すために、この町にも出来ている超大型量販店の電気部を訪ねた。
やっぱり下請けの店を持っていて、担当の青年がちょっと遠い町から何日か後にやってきてくれるらしい。

翌日来てくれた青年は、案の定、受信状態を調べる前にBS・CS110度アンテナというのを既に車に積んでいた。

ただ、このアンテナで映るCSチャンネルは最初から41チャンネルしかなく、なのに、56チャンネルが選べるスカパーのパック料金と全く同額なのだ。なんか、ちょっと、ヤ。

つまり、このアンテナだとレギュラー視聴していた番組の中の何番組かは諦めなければならない。
ソレはイヤなので、CSの視聴をやめる、という選択肢もある訳だが、世界一好きな、と形容してもイイ『アメリカン・ダンスアイドル』や『アメリカン・アイドル』を見ずに日本のドラマなんかでお茶を濁して生きて行けるのだろうか?と考えたら結論はすぐに出た。

そんなこと、出来る訳がないではないか!

まあ、こうして録画環境まで整えるのにまた1ヶ月かかって、「最善」とは言えぬ「次善」策で気を鎮めることにしたのだが、私が生まれて育った所はこうしてみんなが少しずつ、色んなコトを諦め、我慢して暮らしてきた町なのだ。
こういうところで僕のような人間が「諦めない意志」を示すだけで、人々は迷惑そうな顔をする。
そういう町で、僕はこれから、まだ余生になんてしていられない人生を生きる。
そのこと自体が辛抱のいる作業なので、そういう日常に我慢できるかどうか判らないけれど、まあ、出来るだけおとなしく暮らしてみようと思う。

明日は親戚揃っての新年会である。
これまでは毎年欠席してきたが、こんな近くに住んでいては、そうもいかぬ。
ため息で始まった新年だが、絶望してはいない、と自分に言い聞かせて、今年を、そしてこれからの人生を始めてみようと思う。

5 件のコメント:

落書君 さんのコメント...

かぜさん、今年もよろしくお願いします。

ワケあって戻られたふるさと。色々な思いと事象があろうかと思いますが、ゆるゆると頑張って下さい。

>私が生まれて育った所はこうしてみんなが少しずつ、色んなコトを諦め、我慢して暮らしてきた町なのだ。

僕は18歳で田舎を離れ東京に出てきました。その後、田舎の家は区画整理となり、母親も姉の嫁ぎ先へと移り住んだ関係でふるさとは心の中にしかありません。
昨年の夏に高校の同窓会で30数年振りに田舎へ帰ったのですが、家のあった辺りには当時の面影は残っていませんでした。

齢を重ねるごとに郷愁の念は深まりますが、そこへ再び戻って暮らすという事は、かぜさんが仰るとおり、色んな事を我慢なり諦めて暮らすという事なんでしょうね。

テレビでは箱根駅伝を中継しています。
前へ!前へ!と力強く蹴り出すパワーを、今年ももらいながら、ごろごろうだうだの新年です。

LIMIT さんのコメント...

かぜさん、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

私は家庭の事情で故郷と呼べる所がなく、現在住んでいる横浜の片田舎が、自分の中で最長居住年数を更新中です。実家よりも、今は亡き祖母宅に居た期間の方が思い出が多く、そんな祖母宅も数十年前に無くなってしまいました。

昨年、幼少期に過ごした神楽坂のお話を投稿し、ラジオでも読んでくださって大変感激しましたが、実際の所は面影を追うばかりで、現在そこに住んでいる人やお店に知合いなど全くなくて…寂しかったのです。もし、そこに戻るような状況があったとしたら… 新たにそこに自分の居場所を作る。そんな感じでしょうね。

かぜさんが、テレビを見たい一心であれこれと奮闘している様子を想像して… ちょっとうちの旦那に似ている気がしました。変なところで妥協しないというか、依怙地になるというか… 少し面倒な手続きが必要かもしれないけれど、そのステップを経たら自分の願いがかなうなら前向きに行動する心意気!私は好きです。だって、わがままとは違うじゃないですか。自分はどちらかといったら、長いものに巻かれるタイプ…(だけど文句も言う時は言うみたいな)ですから、かぜさんみたいな人は、アッパレと正直思います。

新しい自分の居場所作り… 大変だとは思いますが、フロンティア精神全開みたいな楽しみも少しはあるでしょうね。そして、独りぼっち感プンプンなかぜさんですけれど、きっとどこかに気の合いそうな人っているのではないかと… 

前向きに、前向きに!
私もかぜさんを見習って頑張りたいと思ってます。

むつらぼし さんのコメント...

かぜさん、今年もよろしくお願いいたします。

故郷に戻られたのですね。しかも、待っている人がいらっしゃるのは素敵なことですね。お母様、喜んでいらっしゃることでしょう。

東京のような快適環境を整えるのはやはり無理がある田舎でも「住めば都」と馴染んでしまう私とは、かぜさんは違うのだなぁ。
私など、どんどん諦めてマヒしてヘーキになっている自分に気づきます。
どんどん田舎くさくなっていく・・(笑)。
ま、もともとドン臭いんですけど。

でも、何か夢中になることがあるのが一番幸せなような気がするので、
かぜさんの快適環境が早く整いますように祈ってます。
あとは灯台下暗しのイイトコロがみつかりますように!

花豆 さんのコメント...

久しぶりの更新、うれしく読みました。

何か思うところがあって、ふるさとに帰ろうと
決心されたのですね。
私も、子供時代入院生活が長かったせいか、家族縁が薄い所があると思います。
結構、こういうのって引きずるものですね。
新年会も苦手だったりします。
まぁ、そうも言ってられない年になりましたが。

ふるさとに戻られたことで、お母様はホッとされたんじゃないでしょうか。
でも、買い物とかテレビとか不便なことが多いのは困ってしまいますよね。
何とかいい方法が見つかるといいのだけど。
そして、かぜさんらしい快適な生活になりますように。

ainapooh さんのコメント...

かぜさん;

あけましておめでとうございます。
毎年のことですが、新しい年の始まり、
すべてリセットして第一歩を踏み出すとい
うワクワク感でいっぱいです。
不景気だけど大笑いすることがたくさんあ
る年にしたいです。感激することがいっぱ
いある年にしたいです。


世界一好きな、と形容してもイイ『アメリカン・ダンスアイドル』や『アメリカン・アイドル』を見ずに日本のドラマなんかでお茶を濁して生きて行けるのだろうか?と考えたら結論はすぐに出た。そんなこと、出来る訳がないではないか!

かぜさんのこのコメント、うれしくって
うれしくって・・・そうそう、あの感動を
見逃すってそんなもったいないこと出来る
もんですかっ!それにしても『ダンスアイ
ドルシーズン4』FOXTVは放送する気はある
んでしょうか?アメリカンアイドルの新シ
ーズンは放送されるようですが・・・

どちらにいらしても感動を共有できる環境
にいてくださいね。お願いいたします